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第9話
自分の耳を疑った。
一瞬、太雅の言葉が理解できず、それはどういう意味合いでの好きなのかを考えた。
「言っとくけど、友達としての好きじゃないからな」
太雅は混乱する幸生の心を察したように、そう言った。
「う、そ……」
「嘘じゃねえよ。だから、幸生が鉄郎をずっと好きだった事も知ってる」
熱の籠った真っ直ぐな目が幸生に向けられている。
「半年前の新人戦の決勝で負けた時、おまえが、太雅が頑張ってるの知ってるから、これ以上、頑張れとは言えない、って言ったんだ。覚えてるか?」
幸生は思い出してみようとしたが、幸生の記憶には残ってはいなかった。
「周りがさ、次は頑張れよとか、次は勝てるとか、心にもない事言ってるの分かった。俺は、部活以外にもスクール通って、それもない日はコート取って練習して、筋トレも欠かさずやってて、そんな事言われてこれ以上何を頑張るんだよ、って思った。けど、幸生がそう言ってくれて、自分を見てくれてる人がいるんだって思ったら、嬉しかった」
そこまで話すと少し息を吐き、再び太雅は口を開いた。
「それから幸生を自然と目で追うようになってた。鉄郎の隣にいる幸生が凄く綺麗で、鉄郎に向けるおまえの顔を自分に向けさせたいって、思うようになってた」
素直にそんな事を言われた所で、どう答えればいいのか幸生には分からなかった。不思議と嫌悪感があるわけではなく、寧ろ嬉しいとも思う。だが、鉄郎の事を好きな自分に太雅の気持ちに応える事はできない。
「でも、俺……鉄郎が好きだし…………」
「別にどうこうしたいわけじゃない。ただ、おまえを想っている奴もいるのを知って欲しかった」
太雅は少し照れ臭そうに、視線を落とすと薄っすらと頬を染めているのが分かった。
「太雅……」
自分は鉄郎への気持ちをひた隠してきた。気持ちを告げ、鉄郎が自分から離れる事にずっと怯えていた。だが太雅は、自分とは反対に臆する事なく真っ直ぐに自分に気持ちをぶつけてきた。
「おまえのそういうとこ羨ましいって思うし、太雅の……」
無意識に幸生の口が動く。
「そういうとこ、かっこいいと思うよ」
幸生は自分でも久しぶりに上手に笑えた気がした。太雅は今まで見た事もない真っ赤な顔をしている。
次の瞬間、太雅に抱きしめられた。
「本音を言えば、おまえの隣にいさせて欲しい。鉄郎の代わりでもいいから、側にいたい」
耳元でそう囁かられると、幸生の体がピクリと震えた。
「俺じゃ、ダメか?」
正直、太雅の気持ちは嬉しいと思った。太雅を好きになれればどんなに幸せだろうと。
「ごめん、太雅……おまえの気持ちは嬉しいと思う。でも、やっぱり俺は…………」
「言わなくていい!」
そう言って荒っぽく体を突き放された。
「ごめん、太雅」
五年間の鉄郎への想いはそう簡単に断ち切れるものではない。ましてや、太雅を鉄郎の代わりにするなど、自分にはできるはずもなかった。
「でも、ありがとう太雅……こんな俺を好きになってくれて……」
その事が自分を穏やかにしてくれ、心が軽くなったように感じた。
もう一度膝を抱え、顔を膝に埋めるとまた涙が溢れてきた。
「にゃん」
トラ猫が慰めるように、幸生の足元にすり寄ってきた。手を伸ばしトラ猫の頭を撫でる。
「この子の名前当てようか?」
顔だけ横に向けると幸生の言葉に太雅は片眉を上げた。
「トラオ」
「ぶーっ」
子供のように太雅は口を尖らせ、不正解である事を告げられた。
「トラキチ」
「惜しい」
「トラオは親父の名前だ」
「ふふ……あはははっ」
幸生は思わず声を出して笑った。
「幸生」
太雅に呼ばれ目を向けた。
「おまえに好きになってもらおうとは思わない。けど、おまえを好きだと思う奴がいる事を、おまえの幸せを願っている奴がいる事、覚えておいてほしい」
そう言って太雅の大きな掌が幸生の頭を撫でた。
「うん……」
その手はとても温かく、幸生のささくれ立った心を癒してくれた。
それ以降も太雅とは一緒に練習をしたり、時には太雅の家に行ってテニスの試合を見たりと、鉄郎がいなくなった隣には太雅がいてくれた。
ふと、本当に太雅に気持ちを告げられた事を思い出すが、それは夢だったのではないかと思う程、太雅はあれ以来気持ちを言う事はなかった。
太雅の存在が随分と鉄郎への想いを軽くしてくれている事は感じていた。
だからと言って太雅を好きになる事も、鉄郎への気持ちを完全に断ち切る事は出来ないでいた。太雅の気持ちに応えられないのに、太雅の隣にいる事に気が引けたが、太雅がいてくれて良かったと今は思うのだ。
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