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第15話
コンコンとロッカールームの扉をノックする音がし、太雅は慌ててタオルで顔を拭った。
「あ、はい……」
扉が開いたが泣き顔が見られないように、じっと下を向いたが、視線の先に見覚えのあるスニーカーが目に入った。
「太雅、お疲れ様。いい試合だった」
ゆっくり顔を上げると、そこには薄っすらと笑みを浮かべる幸生が立っていた。
「幸生……来てたのか」
幸生の顔を見た瞬間、涙がまた溢れそうになるのをグッと堪えた。
「久保田さんの足、今、両方痙攣してるって」
「そうか……」
「足にきてたからこれ以上、試合を長引かせたくなかったって。だからあの場面で無謀なドロップ打ったって言ってた。これ渡しておいてって」
そう言って幸生は、痙攣に有効である有名な漢方薬の粉末とミネラルウォーターを手渡してきた。
「後でお礼言っておいてね」
「ああ……」
機械的に漢方薬を飲み一息つくと、自分の手に目を落とした。ポタリとその手に水滴が溢れ、自分が泣いているのだと気付いた。
「俺……負けた事より、おまえの側にいられなくなる事の方が嫌だなって思ったよ……でも、約束通り、おまえを好きでいる事、やめるよ」
口にしてみると、現実味が帯び無意識に手が震えた。
こんなにも幸生を好きになっていた。こんなに好きなのに報われない恋をした。幸生を好きでいる事をやめなければならないと、そう自分で決めたのだ。
太雅の小刻みに震える手に、幸生の手が重なった。
「やめちゃうの?」
幸生のかき消されそうな小さな声は僅かに震えていた。
「え?」
「俺を好きでいるの、やめちゃうの?」
幸生の目を見ようと顔を上げると、幸生は泣きそうな顔をしていた。
「ずっと、考えてた。この試合に太雅が負けたら太雅は俺の側にいてくれなくなるんだって。俺を好きな事をやめるんだなって。そう考えたら……」
幸生は言葉を切り、涙を浮かべた目で太雅を見ると、
「嫌だなって思った。鉄郎の隣にいられなくなって、俺の心に大きな穴が空いたけど、それを太雅が少しづつ埋めてくれたんだよ。少しずつ少しずつ、その穴が埋まっていくのを凄く感じた。太雅のおかげで、何度も救われた。悲しみに溺れていきそうだったけど、それを太雅が救ってくれたんだ。太雅がいてくれて良かったって思う」
そう言って、幸生は照れ臭そうに笑った。
「俺……幸生の事、好きなままでもいいのか?」
太雅は幸生の手を握り返すと、そう言った。
少し困ったように、幸生は歯に噛んだような笑みを浮かべている。
「正直、鉄郎への気持ちは完全に断ち切れてないし、太雅への気持ちも自分でも良く分からない……でも、一緒にいてほしいと思う。なんとなくだけど、ちゃんと太雅を好きになれそうな気がするんだ」
幸生のその言葉を聞いた瞬間、太雅は幸生を抱きしめていた。
「いきなり好きになってほしいなんて言わない。幸生の隣にいさせてくれ。鉄郎の代わりにでもいい。俺といて気が紛れるなら、なんでもいいから利用してよ」
「代わりにとか利用とかじゃなくて……太雅を好きになりたいって思ったんだよ」
その言葉に太雅へ幸生を更に強く抱きしめた。
「た、太雅……苦しいよ……」
「……死にそう……」
太雅は幸生の肩口に顔を埋めると、震える声でそう呟いた。
「え? な、何?」
「その言葉だけで、嬉し過ぎて死んでもいい……」
「大袈裟だよ!」
「だって、もうダメだと思ってたから……」
幸生は太雅の頭を軽く撫でると、
「好きになってくれて、ありがとう」
そう告げた。
太雅の体が幸生から離れると、
「好きだ。好きだ、幸生」
いつものあの射抜くような目をした太雅の顔が近付いてきたかと思うと、触れるだけのキスをされた。
一瞬幸生は驚きで体が固まったが、幸生からもキスをしかけた。
チュッとわざと音を立ててキスをし、すぐ唇を離すと太雅の顔は今までに見た事がない程真っ赤になっており、幸生はそれが堪らなく可愛いく見え、クスリと笑った。
太雅に愛されている自分はとても幸せだと感じた。近い未来、太雅を好きになる自分が容易に想像できた。
これから先、太雅の隣が自分の居場所なのだと、そう思うだけで幸せな気持ちになり、自分は思いのほか単純にできているのだと感じた。
人に愛される事が、こんなにも幸せな事なのだと太雅が教えてくれた。
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