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第2話

テクテクと、売店の方へ廊下を歩いていた山岡に、ふと白衣の男が1人、近づいてきた。 山岡が所属する消化器外科の医師で、外科部長でもある、光村三郎(みつむら さぶろう)だ。 「いたいた、山岡くん。ちょっといいかね?」 「あ、光村先生。はぃ…」 山岡は、俯き加減で頷き、光村に向き直る。 「いや、その、あのな」 「はぃ」 微妙に言いにくそうに口ごもった光村が、ふぅと1つ息を吐いて山岡を見つめた。 「その、患者さんから苦情が出てな。その、色々、上手くコミュニケーションが取れなくて、ちょっと信頼するのが難しいと。それで、その、担当を変えて欲しいと、な」 やんわりと言ってはいるが、多分患者からはもっとはっきり言われただろうことは、山岡にも容易にわかった。 「そうですか…。すみません」 「いや、まぁ、でもあれだ。そのなぁ、きみ、もう少しオペの説明とか、ハキハキとだなぁ…」 「はぃ…すみません」 「謝ってばかりじゃないか」 「すみませ…」 「はぁぁ。もう少しどうにかならんかね。きみ、腕は悪くないんだから…」 困ったねぇ、と光村が首を傾げたところに、今度は明らかに追ってきた様子で日下部が現れた。 「あれ?部長。山岡先生も、どうしたんです?」 ニコリと、元々綺麗な顔立ちをさらに綺麗に微笑ませて、日下部が会話に入ってきた。 「あぁ、日下部くん。いやぁねぇ、山岡くんにちょっとね…」 「……」 「あっ、そうだ。山岡くんの担当の斉藤さん、日下部くんに代わってもらえないかい?いいよな?山岡くん」 ちょうど良かったとばかりに言う光村に、山岡は俯いたまま頷いた。 「斉藤さん、どうかしたんですか?」 「いやぁ、その、なぁ?山岡くんと、上手くコミュニケーションが取れなくてだな…」 言葉を濁す光村に、日下部は察したように微笑んだ。 「あぁ、そうですか。俺はいいですよ。でも部長…」 「助かる。ん?なんだね?」 「いつもこれでは困りますよね」 「まぁなぁ…」 「俺、山岡先生を預かりましょうか?コミュニケーション能力、鍛えますよ」 ニコリと微笑む日下部に、光村の目が期待に輝いた。 「本当かね?それは願ってもないことだが…」 「山岡先生がよければ、ですけど」 チラリ、と山岡を見る日下部と、ぜひ受けろ、と無言で見つめている光村。2人の視線に晒され、山岡は俯いたまま小さく口を開いた。 「ご、ご指導よろしくお願いします…」 部長の手前、嫌とは言えず、そっと頭を下げた山岡に、日下部の笑みがふわりと深まった。 「決まりですね。では山岡先生、俺の言うこと、ちゃんと聞いて下さいね」 「はぃ…」 「良かった、良かった。これで少しは山岡くんも…。日下部くん、ぜひ頼んだよ」 患者の苦情が減るかもしれないと喜びながら、光村は立ち去っていった。 「クスクス。山岡先生、これからよろしくね?」 不意に、ふっと耳に息が吹きかかるほど間近で囁いた日下部に、山岡がギョッとなって身を引いた。 「お昼まだですか?ご一緒しましょう」 ニコリ。何事もなかったかのようにポンッと肩に触れた日下部に、山岡はオロオロしながら、結局その後をついて行った。

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