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第39話
そんなこんなで昼休み。
今日も無事12時過ぎに外来を終えた山岡を、病棟から下りてきた日下部が迎えに来た…よりも一歩早く。
診察が終わった後も適当に院内をふらつき、わざわざ山岡を出待ちしていたらしい川崎が捕まえていた。
「え?川崎先生?」
「昼飯一緒に食べようかと待ってた」
「え?」
にこりと笑って、どう?と誘ってくる川崎に、山岡はその向こうの廊下に日下部の姿を捉えてオロオロと困惑した。
「山岡先生!」
「あ、う…えっと…」
「俺が先約ですよ」
ズイッと山岡と川崎の間に割り込んできた日下部が、ジロッと川崎を睨む。
「あの、えっと…」
「だよな?山岡先生?」
コソッと、わざと囁くように言ってくる日下部に、山岡はポッと顔を赤くして、ストンと頷いた。
「せっかく待っていたのに…。まだ話しもしたいな、って」
しゅん、と明らかに落胆してみせる川崎に、山岡はハッと顔を上げた。
「あっ、の…じゃぁ、さ、3人でというのは…」
駄目ですか?と日下部を上目遣いに見上げる山岡に、ムッとなりながらも惚れた弱み。
可愛い…と思わず頷いてしまった日下部が、珍しく負けていた。
「あ、よかった…」
途端にホッとなる山岡に、日下部は仕方ないなぁなんて顔を緩ませている。そんな2人を見比べていた川崎は、この日下部と言う医者の存在の大きさを思い知らされた。
それでも、川崎ももう引くつもりはない。
「ありがとう。どこで食べるの?」
「えっと…食堂にします?」
この病院の食堂は広くて、メニューも豊富だ。
患者や見舞客が利用できるエリアと、職員専用のエリアは分かれているが、別に、一般用のエリアを職員が利用する分には一向に構わない。
オズオズと提案した山岡に、日下部はすんなり頷いた。
「いいんじゃない?」
同意にあからさまにホッとする山岡を、川崎は少し不思議そうに見つめた。
『まさか山岡先生…この日下部ってのに、脅されてるんじゃないだろうな…?』
ある意味、食事に関しては、脅されれているといっても過言ではないかもしれない。
まともに食べないとお仕置きが待っているのだから、山岡にとっては脅威だろう。
そのせいか、やけに怯えて見える山岡に、川崎がぐにゃりと眉を寄せていた。
「川崎先生?どうしました?食堂でいいですよね?」
「え?あ、あぁ。…って山岡先生、だからいい加減、先生はやめてって」
キョトンとしている山岡に苦笑して、川崎はゆっくりと足を踏み出した。
わざとらしく、その反対方向で、山岡にやたらとくっついて歩く日下部に、さすがに川崎も内心で苦笑した。
そうして、午後一番。
「ちょっと、聞いた~っ?!」
「なに、なに」
「昼よ、昼!」
「え~?」
「日下部先生に、ライバル登場よ!」
キャァ、と騒がしいナースステーションの看護師は、本当にいつ仕事をしているのだろうか。
事あるごとに噂話に盛り上がる彼女たちは、本当にタフだ。
「ライバルって何よ」
「今日のお昼、食堂でたまたま見かけた子がいたのよ~。食堂に向かったのに、職員エリアに来ないからあれ?と思って覗いた一般エリア!」
「うんうん」
「山岡を挟んで、三角関係が勃発してたらしいのよ~!」
いやぁ、と騒ぐ看護師たちは、ある意味本当に鋭い。
むしろ、噂の本人山岡より、ずっとずっと状況の理解力がある。
「うそうそ、山岡を取り合い?いやぁん」
「っていうか、それも男?美形?」
「うんうん、男で、まぁまぁ?あたしは断然日下部派!」
「え~?見てみたい。私も日下部先生押しだけど、そのライバルも気になる~」
きゃぁ、と騒ぐ看護師たちに、ついうっかり廊下の角にいた日下部は、思い切り苦笑した。
「見れるよ、そのうち」
「え?」
「どうやら患者らしいのよ。しかも、消化器外科 の」
「マジ?」
「近々入院するとか」
「うっそぉ。っていうか、山岡も隅に置けないねぇ」
「ねぇ?患者とドクターの禁断の愛!いやでも、あたしはやっぱドクター同士の密な関係のほうが」
うふふ、と目を輝かせて妄想を始める腐な女子様に、盗み聞きしていた日下部が、さすがにゾワッと背筋を凍らせていた。
『これはまた…主治医を山岡にしたら、さらにうるさいだろうな…』
さて、どうするか、と思考を巡らせながら、策を練る日下部。
『執刀は譲らないだろうしなぁ、山岡…』
今からのカンファが勝負所か、と思いながら、日下部はゆったりと廊下の先に歩き出し、もうすぐ始まる消化器外科カンファの行われる会議室に足を向けた。
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