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第42話
その時。
コンコン。
「失礼します」
個室前の壁を軽く叩いてから、やっぱり開けっ放しだったドアを入ってきた、白衣の人物がいた。
「く、日下部先生…」
ギクリ、と身を強張らせた山岡に、不審そうな日下部の目が向く。その目が、ふとその手元に気がついた。
「おい…」
「あ~、はぃ?」
ススス、と林檎に当てていた刃を下ろし、フラリと視線を彷徨わせた山岡。
日下部の目が、キラリと鋭く光る。
それを見て取った川崎が、2人の間に割り込んだ。
「あの、日下部先生…でしたよね?なにか?」
「ん?あぁどうも。ご挨拶と…山岡先生に用でね」
「へぇ?どうも」
「川崎さんのオペには、俺も入らせてもらいますので。よろしく」
「そうですか。それはよろしくお願いします」
日下部も川崎も、互いにニコニコと会話を交わしている。けれどもそれは、思い切り表面上でしかない。
水面下では互いにに牽制しあっているのがバレバレなのに、この場で山岡だけがそれに気づいていない。
「あ、あ、あのっ…日下部先生。お昼ですよねっ…」
パッとナイフの刃をしまい、林檎を素早く川崎に返している山岡は、かなり挙動不審だ。
その姿をチラリと日下部が眺め、川崎は手の中に返された林檎を見下ろして、その理由を自分なりに導き出した。
「あぁ、これ?規則破ってるのがバレて疚しい?」
「えっ?」
「日下部先生に見つかっちゃったから…」
まぁ、医者が患者のしてはいけない持ち込みを見逃した挙句、率先して皮など剥こうとしていたらさすがにまずいか、と思った川崎だったが、山岡の反応は微妙だった。
「あ、いぇ…その…」
「別に、まぁ良くはないだろうけど、主治医は山岡先生だから、それを俺がとやかく言うことはしませんよ?ねぇ?山岡先生?」
ニコリと微笑む日下部なのだが、さすがに山岡にも、それが裏を含んだ笑顔だということは読み取れた。
「っ…」
ニコリ、がニヤリ、に見えた山岡は、ギクリと身を強張らせ、スススッと日下部から離れて行こうとする。
「ん?山岡先生?」
ニコリ。黒い微笑みを浮かべたまま、ガッチリと山岡の腕を捕まえた日下部に、山岡はストンと俯いた。
「では川崎さん。まぁ、あまり勝手はしないでくださいね?」
しっかりと山岡の腕を捕まえたまま、日下部は川崎にニコリと微笑んで、ゆったりと踵を返す。
「っ…」
日下部の言う『勝手』が、病院の規則のことを言っているだけではないとわかった川崎は、我が物顔で山岡を連れて行こうとしている日下部に、ギリッと唇を噛みしめる。
「あ、のっ…日下部先生っ…」
「何?行くよ」
ワタワタと抵抗しようとしている山岡を、グイッと引き寄せ、日下部は病室の出入り口に向かった。
「あっ…川崎先生っ、で、ではまたっ…。失礼します…」
ズルズルと日下部に連れて行かれてしまいながら、山岡は顔だけ室内を振り返り、必死で言った。
日下部の背中をギロッと睨んでいた川崎は、山岡の視線が向いた瞬間だけ、ふわりと人好きがしそうな優しい目に変わっていた。
そうして川崎と日下部の海面下のバトルにはまったく気付かず、山岡は日下部に引っ張られるまま病室を出て行った。
「う…あの…日下部先生…」
ズルズルと廊下に連れ出された山岡は、まだ腕を掴んだままの日下部をソロリと窺った。
「黙ってついておいで」
「っ…あの…ひ、昼ですよね?食堂行くんですよね?」
希望的観測を口にした山岡に、ふと一瞬立ち止まった日下部が、チラリと隣の山岡に視線を向けた。
「その前に…」
「っ?!」
『お仕置きが先だろう?』
掴んでいた腕をグイッと引き寄せ、フラリと近づいた山岡の耳元に、コソリと囁いた日下部。
「っ!」
途端にビクッと身体を強張らせて、小さく震える山岡に、ニッと悪い笑みを浮かべて、再び足を進める。
「とりあえず当直室に行こうか」
ニコリ。言いながらもすでにズルズルと山岡を引っ張って廊下を進んでいる日下部に、山岡はすでに半泣きになりながら連れて行かれた。
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