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第154話

それから2日経っても、3日経っても、山岡は一向に目覚める様子がなかった。 山岡が眠りについて4日目。 「さすがに日下部先生が痛々しいよね…」 「うんうん。昨日も一晩中山岡の病室にいたみたい」 「少しでも時間があれば、ずっと山岡のところにいるよね。昼も、オペ前の少しの空き時間も…」 可哀想、としんみり呟く看護師たちは、珍しくテンション低く噂話をしていた。 「なんで山岡起きないの?このままじゃ、日下部先生の方が倒れちゃうって!」 「憂いのある日下部先生も色っぽくて素敵なんだけど、どんどんやつれていくのがちょっと…さすがに…」 「山岡~!何してるんだよ。起きろよ…」 苛々と呟く看護師たちは、苛立ち半分で、心配が半分混じっていた。 「お疲れ様。山岡先生どう?」 昼、外来が終わって上がってきたのだろう。日下部が売店の袋片手にナースステーションに顔を見せた。 「変わりありません」 さっき様子を見てきた看護師が答えるのに、日下部がほんのり微笑んで頷いた。 「そう。ありがとう。今日はオペが1時半からだから、それまで俺が見ておくね」 だからその間は来なくていいよ、と言う日下部に、看護師たちが静かに頷いた。 「本当、献身的。あぁ、あたしもあんな風に愛されたい」 「不謹慎よ。でも確かに山岡、羨ましいわ…」 「まったくよ。あんなに誠心誠意尽くされて…なんで起きてやらないのよ」 ブツブツ言う看護師たちは、日下部が返事のない山岡にひたすら話しかけ、清拭も自分でやると言い張って毎日身体を拭いてやり、必死で看護していることを知っている。 「早く目覚めなさいよ…」 怒ったように言いながらも、その看護師の目には涙が浮かんでいた。      ✳︎ コンコン。 返事がないことをわかりながらも、もしかして、という期待を込めて、日下部は必ず山岡の病室をノックした。 だが今回もやはり返事はない。 「山岡先生?」 そっとドアを開け、中に入っていった日下部は、たくさんのモニターに繋がれ、器械に囲まれて眠る山岡を見た。 「お昼だよ。一緒に食べような」 見舞い用の椅子を引っ張ってきて、山岡が眠るベッドの横に座る。 日下部は、鼻から通したチューブから栄養を入れられ眠る山岡を静かに見つめる。 「こんな経鼻胃管なんか…。早く目覚めて、俺の料理食べてよ」 ふわりと笑う日下部の目には、哀しい光が揺れている。 「今日は山岡の好きなパンだぞ。ほら、食べたいだろ?」 クスッと笑いながら、袋からパンを出し、山岡の目の前にわざとチラつかせて見せる。 けれども山岡は、やはりピクリとも動かない。 「泰佳。俺はここだよ。帰っておいで」 しんみりする空気にギュッと拳を握って、日下部は笑顔で山岡に語りかけた。 「もう2週間近く抱いてないんだぞ。早く起きないと、寝たままここで抱くぞ」 ふざけ半分に笑う日下部にも、シーンと冷たい沈黙が返る。 「怒れよ。恥ずかしがるんだろ?」 おい、と言いながら、スヤスヤ眠る山岡の額をコツンとぶって、日下部は手にしたパンをガブッと食べた。

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