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第153話
コンコン。
「日下部先生?」
ふと、消化器外科病棟の、ナースステーションに1番近い個室に移された山岡の元にいた日下部の元に、原がやってきた。
術後の急性期ではないにしろ、昏睡状態の山岡は、いつ意識レベルが下がっても、バイタルが落ちてもおかしくない状態で、それを監視するために、たくさんのモニターや機器が運び込まれ、それらに繋がれている。
重病人のような出で立ちで眠る山岡の横にぼんやりと立っていた日下部をソロソロと原が窺がった。
「あの…日下部先生、すみません」
「ん?何かあった?」
「はい、その…部長が緊急カンファをするって…日下部先生も呼んできて、ということなんですけど」
オズオスと申し訳なさそうに切り出す原を振り返って、日下部はふわりと笑った。
「そう。ありがとう。じゃぁ行くか」
スッと簡単に山岡から目を離した日下部の内心は、原にはわからなかった。
ただ、本当は側を離れたくないということくらいはわかる。
「日下部先生、大丈夫ですか?」
「きみに心配されるようになったら俺もお終いだな」
「なっ、人が素直に心配していれば…」
「ふふ、大丈夫だよ。大丈夫」
まるで自分に強く言い聞かせるような日下部の呟きに、原は何も言えなくなった。
「どこでやるって?」
「え?あ、そう言えば聞くの忘れました…」
「は?本当、使えないねぇ。ここには何が入っているのかな?ん?」
コンコンと原の頭を拳で軽く叩く日下部に、原がいつもの日下部だ…とホッとしている。
「注意されているのに、何をニヤけているの、きみは。本格的にMに目覚めちゃった?」
参ったね、と笑う日下部に、原がとても嫌な顔を向けた。
「目覚めてませんよ!おれ、場所聞いてきます!」
山岡の病室を出て廊下を歩き出していた日下部の隣から、原がパッと駆け出そうとした。
「PHSの方が早いって」
面倒くさそうにPHSを取り出して、すでにさっさと光村の番号を押している。
原が足を止めて、それを振り返った。
「はい、日下部です。はい。あぁ、うちの第2カンファルームですね。すぐ行きます。はい、すみません」
使えない研修医で、と笑っているのがわかり、原がウッと声を詰まらせていた。
「聞こえた?第2だって。後俺たちだけだってよ」
急げ、と言う日下部にせかされて、原もカンファルームに足を進めた。
日下部と原が席に着いたところで、消化器外科の医師が揃う。
「急に集まってもらって悪かったね。もう知っていると思うが、山岡先生が入院してね」
さっそく切り出した光村に、医師たちがみんな頷いた。
「まぁ、当初は1週間程度の休養だと思われていたのだけれど、ちょっと状況が変わってね」
光村の言葉に、日下部と原以外の医師がざわめいた。
「山岡先生が、昏睡状態に陥った。だから復帰がいつになるのか、皆目検討もつかなくなった」
一息に言った光村に、医師たちが顔を見合わせた。
「え?オペは…」
「成功しましたよ。麻酔からも1度は覚めました」
医師の疑問に答えたのは日下部だった。
「予後に何か…」
「合併症も脳障害も特に。身体的な異常は何もないんです。ただ、目覚めない…。仕方なくプシ科に診てもらったのですが、たぶん心因性のものだろうと」
「そうですか…」
ざわめく医師たちの間で、日下部がギュッと拳を握り締めて何かに耐えていた。
隣の原だけが、机の下のそれに気付く。
「まぁ、そういうことだから、明日目を覚ますかもしれないし、1週間後かもしれない。もしかしたらもっと長く…」
「っ…」
光村の言葉に、日下部がギュッと唇を噛んだ。
「とりあえず、休暇という形で籍は置いておく形になる。けれど目覚める目処が立たないから、当面はこのメンバーで診察を回して行くことになる。もちろん山岡先生の分の代診も、予定している分の執刀、担当分の主治医も振り分ける」
光村の宣言に、医師たちが動揺したのがわかった。
「長引くようなら、代わりの医師も探す予定だ。ただ、すぐにすぐ見つかるはずもないし、最低1週間は代診代執刀体制をとる。異存は」
みんなを見回す光村に、医師たちはざわざわと困惑した。
「山岡先生レベルの医師なんて、そうそう見つかりませんよね」
いなくはないが、山岡が復帰できるまでの非常勤、となると、先が読めないこともあって、色々難しいだろう。
「あのぉ、山岡先生が抜ける分の執刀と言いましても、かなり厳しいかと…」
上級医で専門医資格もあり、腹腔鏡は認定医だし…と考えていくと、代わりになれるのは部長の光村とエース日下部、ベテラン医師の3人しかいない。
後のスタッフは、研修医と新人で、指導医の立ち会いなくしてはオペができないし、中堅医師も専門医資格はまだ持っていない。
「まぁなぁ。なるべく早く代わりをみつけるが…。とりあえずできることからしていこうと思う」
この場の全員が、相当な痛手を感じたのが空気でわかった。
「とりあえず今後1週間のオペの予定表だ。それから山岡先生が主治医になっていた患者がこれ。執刀予定がこのリストだ。ここから、それぞれの予定と能力と合わせて…」
光村が広げたファイルを覗き込みながら、やれどの患者は誰が持つだことの、どのオペは誰が執刀を代わるだことの話し合いが小一時間ほど続き、なんとか振り分けが終わった。
「ではみんな、それぞれ負担が増えてしまうが、よろしく頼むよ」
光村の声に、医師たちは快く頷いた。
「あと1つ、山岡先生なんだけれど、色々事情があってね、うちの病棟に入院したまま診ていくことになるから。オペにも麻酔にも過誤はなかったけれどね、予後不良ということで。よろしく頼むよ」
回診も観察もそのつもりで、という光村にみんなが頷き、日下部が謝意を目で伝えていた。
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