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第152話

結果。 「全て異常なし…」 脳波も異常なし、CTでもMRIでも、脳に損傷は見当たらなかった。 採血結果も正常、内臓疾患もなし、薬害の可能性もゼロだった。 「じゃぁなんで目を覚まさないんだ!」 さすがに苛立つ日下部に、示された最後の可能性は。 「プシ科ですね」 静かに言われた言葉を受け入れ、精神科医を呼んだ結果、ようやく山岡に診断名がつく。 「解離性昏迷…でしょうかね…」 曖昧なそれは、山岡の状態が身体的には昏睡で、そうなる直前の兆候があまりに何もなかったため、精神科医も判断をつけかねているようだった。 「っ…目覚める可能性は?」 「この状態に陥った起因がわからないのでなんとも。心への多大なダメージや、強いストレス、ショックが何か…」 う~ん、と首を傾げる精神科医に、麻酔科医も首を傾げた。 「オペされるのがストレスだったとか?普段している側だし、されるのが実はとか…」 可能性は低いと思いながら呟く麻酔科医に、日下部は首を振った。 「そんなことはないですよ、こいつは」 違う、と断言する日下部は、オペ前もオペ後も山岡と話している唯一の人間だ。 「では過去に何か。解離性昏迷は、過去におけるつらい体験を自分から切り離そうとして起こる一種の防衛反応とも言われています。オペ時か麻酔か…意識に何か衝撃がかかったのでは」 まぁ本人にしかわかりませんね、と溜息をつく精神科医の言葉に、日下部がハッとした。 「それは、何十年も前のことでも?」 「まぁ、麻酔を受けていますからね、その時の混濁状態でフラッシュバックしたり、夢のように思い出して衝撃を受けたりとか、ないとは言えませんね」 何か心当たりが?と首を傾げる精神科医に、日下部は小さく頷いた。 「昔の記憶…混濁してフラッシュバック…。多分、わかったと思います。あの、治療方法は?」 さすがに精神科領域は日下部も疎かった。 「アプローチ方法はいくつかありますが…カウンセリング、薬物投与…ですが、昏睡状態ですからね…」 「声は?声は聞こえているんですか?」 迷子の子供のような視線を精神科医に向ける日下部に、精神科医は苦笑した。 「落ち着いてください。ご存知でしょう?脳機能で1番早く回復する機能は…」 「聴覚」 「ですよ。話しかけるのを諦めないでください。好きな音楽や物語を聞かせるのもいい。身体にも触れてあげて下さい。必ず目覚めると信じて」 ね?と微笑む精神科医に、日下部はようやく落ち着きを取り戻した。 「必ず目覚めます。山岡には俺がいる」 自らを奮い立たせるように言い放った日下部に、精神科医がふわりと笑った。 「ではプシに転科…はしませんよね?こちらで診ます?」 「そうしたいと思います。いいですか?」 「いいですよ。患者が1番安心できる環境に置くのも1つですからね。毎日往診に来ます」 悪戯っぽく笑う精神科医の気遣いに感謝しながら、日下部は消化器外科に入院させたまま、山岡の目覚めを待つことに決めた。

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