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第151話

日下部が外来診察を終えて、病棟に上がってきたのは、もう12時を回った後だった。 ナースステーション前を通った日下部は、中で看護師たちがしていた会話の中に山岡の名を聞き取ってふと足を止めた。 「お疲れ様」 まぁどうせ、あのさらけ出されている美貌についての噂話なんだろうと思いつつ、ヒョコッとナースステーションに入って行く。 看護師たちが一斉に話をやめ、パッと日下部を振り返った。 「あっ、日下部先生、お疲れ様です」 「うん。ん?」 ザワッとした妙な空気を感じ、日下部が首を傾げた。 いつもならキャッキャと浮かれていそうな看護師たちが、やけに深刻そうな顔をしているのだ。 「何かあった?山岡先生?」 直前に名前が聞こえた相手を口にした日下部に、看護師たちが顔を見合わせて頷いた。 「日下部先生を呼ぼうかどうしようか話していたところだったんです」 「うん?どうかしたの?」 聞くより行った方が早いか?と思いながら、日下部は看護師たちが緊急性を感じてはいなそうなところを見て、とりあえず耳を傾けた。 「いや、寝てるんですよ」 「え?まぁ、そうだろうね…」 オペ後だし、疲れているだろうし、と脱力する日下部に、看護師が首を振った。 「違うんです。ずっと寝てるんですよ…」 「……?」 「すみません!実はちょっと好奇心に負けて、触っちゃったんです」 「は?」 ガバッと頭を下げる看護師の言いたいことが、日下部にはさっぱりわからなかった。 「あまりに綺麗で…ちょっと頬っぺたをつついてみたというか…」 「あたしもデコピンしてしまったというか…」 モジモジと言いにくそうにしている看護師に、日下部はますます首を傾げた。 「別に怒りはしないけど…それがどうしたの?」 「「「起きないんです」」」 「え?」 「デコピンされても反応なくて、どんだけ熟睡だよ、と思って、肩を叩いてみても、声をかけてみても」 「それ…」 「でもモニターの数値は普通だし、呼吸も安定しているし…寝てるんだよねぇ?って…」 「一応日下部先生に言ってみる?って話にさっきなってて…」 で、今に至るというわけだ。 「っ!行ってくる」 看護師たちは、患者の観察に関しては、プロだ。普段から、医師よりずっと長く患者と接し、患者の世話をしている。 だから日下部は、その看護師たちの経験や勘は馬鹿にならないと思っている。 その看護師たちが、これとは言えないが何らかの違和感を感じているのが明らかで、それはきっとスルーしてはいけないものだと日下部は思う。 急いで集中治療室に向かった日下部は、すでにそこの担当者が、麻酔科医を呼んでくれていて、診察してくれているところに遭遇した。 「あ、日下部先生」 「浅田先生…山岡先生は?」 麻酔科医の浅田の隣に入り、日下部は山岡の顔を覗き込んだ。 「まだなんとも…」 言いながら麻酔科医は、結構な強さで山岡の手をギュッと抓った。 「なっ…」 山岡を見ていた日下部は、その麻酔科医の行為に驚きつつ、全く反応を示さない山岡に更に驚いた。 「山岡…?おい、山岡!」 バンバンと肩を叩いて、耳元で大声で呼んでみる。 けれどその日下部の行動にも、山岡はスゥスゥと眠ったまま、ピクリとも動かなかった。 「な、んで…?」 慌てた日下部は、胸ポケットからペンライトを取り出して、山岡の目を無理やり開き、光を当てた。 「ありますよ、瞳孔反射」 すでに調べていたのか、麻酔科医が隣で言う。 日下部もそれを確認してライトをしまった。 「麻酔からは1度覚めているんですよね?」 「ええ昨日。俺と会話しています」 麻酔科医の質問に答えながら、日下部は周囲の機器に目を走らせた。 「何故です?全部正常値…」 「そうなんですよね…。とりあえず脳波を取るように連絡してあります」 う~ん、と唸っている麻酔科医にも、この症状がわからないようだった。 「脊髄反射は?」 「ありましたよ」 「そうですか。尿も出てるし…なんで?なんで目ぇ覚まさないの?山岡?山岡!」 思わずユサユサと山岡を揺すってしまう日下部を、慌てて麻酔科医が止めた。 「ちょっ…日下部先生、無茶しないでください。脳障害だったら…」 まずいから、と体を押さえてくる麻酔科医にハッとして、日下部はパッと山岡から離れた。 「とりあえず脳波を見て、必要とあらばCTとMRIですね」 「ええ。オペ中もオペ後も、こうなるような原因や兆候は何1つなかったのに…」 全て正常値。そもそも麻酔からは1度覚めている。 何故?という疑問しかない日下部たちの元へ、検査室から連絡が入った。 「脳外Bの検査室2番ですって」 「ベッドごと運んで」 そうして日下部は、看護師と麻酔科医と共に、山岡を一通りの検査にかけた。

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