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第150話

「おはよう」 「あ、日下部先生、おはようございます。早いですね」 ナースステーションに顔を出した日下部は、まだ残っている夜勤明けの看護師に挨拶をして、テクテクとパソコンがあるデスクに足を向けた。 「山岡先生、どう?」 夜の様子は、と思いながら、山岡のデータを引っ張り出す。 「ずっとお休みでした。特に異変は何も」 ニコリと答える看護師に頷いて、日下部は山岡のデータにも特に変わったことがないことを確認した。 「まだICU?」 「はい。移動は日下部先生が来てからと思いまして」 「ん。ちょっと見てくる」 「は~い」 そのまま集中治療室に足を向けた日下部は、話の通りスヤスヤ寝ている山岡の寝顔を眺めた。 「ん…よく寝てるな」 綺麗な寝顔をジーッと見つめて、そっと頬を撫でる。 全く起きる気配がないことに苦笑しながら、ゆっくりと手を離して、日下部はふわりと微笑んだ。 「まぁ、休めるときに休んでおけ」 クスッと笑って、そっと踵を返す。 「仕事に行って来くる。また昼に来るな」 行ってらっしゃいの声がかからないことをつまらなく思いながらも、グズグズしていたらずっとここにいてしまいそうな自分を叱咤して、足を進める。 「昼には話せるかな?」 せっかく眠っているのだから、休ませてやりたい気持ちもある。怖いほど整った綺麗な寝顔を眺めるのも飽きはしない。 けれどもやっぱり、会話をしたり表情が動いたりするのを見る方がいい、と思う日下部は、外来が終わってまだ寝ていたら、もう起こしてしまうつもりでいながら、ゆっくりと集中治療室を出て行った。 そうしてどうやら寝当直だったらしいラッキーな原に病棟を任せ、日下部は外来に向かった。 今日も患者数が多い。 「今日は山岡の分の予約はないか」 今日は元々山岡は外来担当じゃないため、その分の負担がないことは救いだ。 それでも次々やってくる患者を迎えながら、日下部はバリバリと仕事をこなした。       ✳︎ その頃、消化器外科病棟ナースステーションでは、すっかり定番となった看護師たちのおしゃべりが炸裂していた。 「なになになに、山岡、入院したって?」 「しかもアッペ!」 「マジか~。さすが山岡、外さないね」 あははは!と爆笑している看護師は、相変わらず山岡に容赦がない。 「で?で?執刀はやっぱり日下部先生?」 「当たり前。俺の山岡を他のやつになんか切らせるか~って」 「言ったの?」 「いや、多分そうだろうってだけだけど」 「いや、絶対当たってるって、それ」 キャッキャとはしゃぐ看護師たちは、相変わらず鋭い。 「しかもラパロの布陣!」 「執刀日下部先生で、助手は光村先生と田中先生だよ?どんだけ大事~」 ケラケラ笑う看護師たちが、生き生きしている。 「で?その山岡は?」 「あっ、それもすごいんだ!まだICUにいたけど、顔、顔」 「え?顔がどうした?」 「髪上げてるんだって!マジ、人形みたいに綺麗だよ!いくらでも見放題」 グッと親指を立てている看護師に、他の看護師の悲鳴やら同意やらが上がる。 「そっか!観察のために顔出してるよね!」 顔色や様子を見るために、患者の顔は見えやすいようにされている。 山岡の邪魔な前髪も、もちろんどかされて寝ているのだ。 「嘘!私まだ見たことないんだよ!見に行く!」 「あたしももう1度見に行っちゃおう」 「あれは本当、眼福。超美形!」 すっかり観賞用にされている山岡の、見学ツアーが始まっていた。 そうとは知らず、スヤスヤと眠り続ける山岡。 だがその見学ツアーが、思いもよらない結果に繋がった。

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