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第197話

「お兄ちゃん、かおくずれてるよ。あと、ぼく届かないんだから、ハンバーグとってよね」 それまで後ろの大人2人の会話に、珍しく横槍を入れずに大人しくしていた将平が、にやけている日下部に冷やかな目を向けた。 「あ、あぁ…」 「まったく。どうせりゆうなんて、モテるから、でしょ?やだやだ」 ふん、と言い放つ将平は、5歳児にしてはとてもマセていて、あまりに日下部家の血が強そうだった。 「やなこと言い当てるねぇ、おまえ」 「やっぱり。あ、ぼくもおいしゃさんになることにしたから」 日下部が取ってくれたハンバーグランチをトレーに乗せて、将平がケロリと笑った。 「へぇ?ま、好きにしたら」 「席どこにしましょうね」 ふとトレーにオムライスを乗せた山岡が、戻ってきて、相変わらず険悪になっている日下部と将平に苦笑した。 「今度はどうしたんです?」 「別に。ただ、こいつ、医者になるんだってさ」 「へぇ、それはいいね。頑張ってね、応援してるよ」 ニコリと笑って頷く山岡に、将平が得意げに胸を張った。 「ぼくがいしゃになったら、やすくんといっしょにおしごとするんだ。お兄ちゃんのばしょはぜぇんぶぼくがとっちゃうんだからね」 「そっかぁ。楽しみに待ってるよ」 ニコリと笑う山岡に、キラリと嫌な笑みを日下部が炸裂させた。 「将平くんが医者になれる頃には、俺も山岡先生もじいさんで引退してるよ」 「あはは、まぁ…」 「ふんっだ。だいじょうぶだもん。ぼくはアメリカに行って、日本より早くいしゃになって、かえってくるんだから」 「へぇ。いわゆるスーパードクターってやつ?それは楽しみだね」 あそこにしよう、と空いているテーブルを示して、日下部がクスクス笑った。 トレーを持って歩き出しながら、山岡もニコリと笑う。 「本当になったらすごいね」 「ほんとうになるよ!まっててね!」 「ま、夢を見るのは自由さ。山岡と会えるのも今日で最後だし」 テーブルにつきながら、日下部が重要なことをサラリと口にした。 同じようにテーブルにつきながら、山岡がえ?と目を丸くして、将平は何かを察したように静かに目を伏せた。 「日下部先生、それって…」 「うん。父と連絡が取れた。本人とは明日会いに行く。将平くんは、今日引き渡すことが決まった」 「そうですか…」 「あぁ。だから今夜は悪いけど、山岡先生先帰り1人だけど…」 「分かりました。夕食も勝手にするので、オレのことは気にせず、将平くんをちゃんと送ってあげて下さい」 山岡の言う『ちゃんと』の意味を正しく悟って、日下部は深く頷いた。 「任せて」 「はぃ。将平くん、オレはきみの幸せを願ってる」 ニコリと笑って将平の頭を撫でた山岡を、日下部がしみじみと見つめた。 「やすくん!ぼくは…」 「ん?」 「ううん、何でもない。ありがとう」 何かを言いかけ、途中でやめた将平が、ニコリと笑ってハンバーグをパクパクと食べ始めた。 日下部はその言おうとしたことが分かって、将平の頭をポンポン撫でた。 「いい男だ。俺はおまえをライバルだと認めてやる」 ニコリと笑った日下部に、将平の目が一瞬丸くなり、その後嬉しそうにニコリと三日月型になった。 (山岡と一緒にいたい、という言葉を飲み込んだか…。5歳児のくせに生意気だ。こんなでも、ちゃんと男なんだもんなぁ。山岡を困らせちゃいけないってちゃんと気使えるんだもんな。おまえは間違ってないよ) もう少し年を食っていたら脅威だったな、と笑いながら、日下部は自分によく似た小さなナイトの頑張りに敬意を向けた。

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