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第198話

そうして夕方。 「ではお先に失礼します」 仕事を終えた山岡が、医局にいた日下部と原にペコリと頭を下げた。 「将平くんも元気でね」 ニコリと将平には笑顔を向けながら、医局を出て行こうとする。 「あぁ、お疲れ様。気をつけてな。夕食ちゃんと食べろよ」 毎度毎度の日下部の注意に、コクンと山岡は素直に頷く。さっきから日下部にチクチク苛められながら書類を作っている原の、半泣きの目が追ってくる。 「あぁ、山岡先生がいなくなったら、もっと苛められるぅ」 ヘロヘロになりながら縋る原の視線を、山岡はやんわりと振り切った。 「頑張ってください。原先生に期待しているから厳しく指導するんですから、ね?」 「うぅ、癒されます。頑張ります!」 「だからな、きみはすぐ調子に乗るのが欠点なんだよ。今日のオペも、あれ何?途中さぁ…」 「だっ、だからあれはさっき十分反省して…」 ヤイヤイやっている日下部と原にクスクス笑って、山岡は将平にだけヒラヒラと手を振って、ドアに手をかけた。 「やすくんっ!」 「ん?」 「ぼくっ、かならずむかえに来るから!りっぱないしゃになって、やすくんをうばいにくるから!」 堂々と宣言した将平に、山岡がニコリと笑って、日下部と原が言い合いをやめてそんな2人を見た。 「そっかぁ。でもオレは、きっとずっと日下部先生が好きだろうから、簡単には奪われないかも」 コテンと首を傾げる山岡に、原がブハッと吹き出し、日下部がニヤリと唇の端を吊り上げ、将平が少しだけ悔しそうに笑った。 「のぞむところだよ!いまは…バイバイ!」 これで別れだときちんと察している将平が、清々しく手を振った。 じゃぁね、と微笑んで、山岡は医局を出て行った。 「山岡先生、最近微妙にキャラ変わってますよね」 あぁ可笑しい、と爆笑している原に、日下部の勝ち誇った笑みが向く。 「本来、普通に話せばああいう素直なやつだったよ?元々な。ただ人前に出てなかっただけで」 それを自然と外に引き出したのは、他でもない日下部だ。 自慢げに笑う日下部に、原の冷めた目と、将平の今にも涙が零れ落ちそうに潤んだ目が向いた。 「はいはい、アンタの惚気は聞き飽きました」 「まけないからっ。ぼくはまけないからっ…」 スウッと涙を流して強気に日下部を睨む将平に、日下部の思いの外柔らかい視線が向かった。 「きっといい男になるよ、おまえは」 「っ、ふっ、えっ…」 グシグシと涙を拭いながら、クルンと日下部たちに背を向ける将平は、やっぱり5歳児といえども立派な男だった。 「ふふ。で?こっちの学習能力のないクソガキンチョは、また何だって?」 「っ?!」 「オーベンをアンタ呼ばわりね、何度咎められれば気が済むわけ?」 ニコリ、意地悪な日下部の笑みと共に、原のただでさえ高く積み上がっていた仕事の山に、ドサッとまた更に高く、数冊のファイルが乗せられた。 「うわっ、何ですか、これ。検査資料?」 「セカンドオピニオン受けたやつ。ファーストオピニオンの判断はインオペ。よく検討して、きみの意見をレポートしておいて」 また厄介な課題を増やした日下部に、原の肩がガックリと下がった。 「はぁぁ。はぁい、寝ずに頑張りまぁす…」 すでに気力の挫けた原の声が、小さく医局を震わせた。 「まぁ、明日きみもオフでしょ?」 「そうですけど~」 「適当に見通しつけて、帰ったっていいよ?」 ニコリと笑う日下部は、すでに帰り支度を始めている。 「え?嫌ですよ。オフに仕事持ち越す方が嫌!今夜中に片付けます!」 突然気合いが入った原にクスクス笑って、日下部はいつの間にか泣き止んでいた将平の元にテクテクと向かった。 「将平くん、行けそう?」 「っ、うん。べつに」 「そ?じゃぁ出よう。原先生、お先に」 「あ~、いいなぁ。お疲れ様でしたぁ。将平くんもさようなら」 「うん。原兄ちゃん、ありがとう」 バイバイ、と手を振る将平にほんのり癒されながら、原は連れ立って出て行く大小似ている日下部兄弟を見送った。 「よっしゃ。とにかく片っ端から片付けていきますか!」 パンッと両頬を両手で挟んだ原の気合いの声が、静かな詰め所の空気を震わせていた。

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