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第199話
一人先に病院を出た山岡は、ビジネス帰りのサラリーマンやOLが道を行く中、駅方向のデパートの方へ向かって歩いていた。
途中、繁華街を通り抜けていた時だった。
ドンッ…。
「あ、すみません」
「う。ごめん…」
ちょうど向かいから来た男が、何となくふらりとして、直進していた山岡とぶつかってしまった。
咄嗟にペコリと頭を下げた山岡に、相手の男も謝って恥ずかしそうに笑う。
山岡よりいくつか若そうな、私服の男だ。
「ほんと、悪い。ちょっとフラフラしちゃって…」
言い訳がましく言っていた男の眉が、不意にギュッと辛そうに寄った。
「う…」
お腹を押さえて前屈みになった男に、山岡の目が真剣なものになった。
「どうしました?お腹、痛みます?」
ぶつかったのは肩だけど、と思いながら、男の顔を覗き込んだ山岡に、男が苦笑した。
「ごめん。何かさっきからちょっと腹が痛くてな」
「病院、行きますか?」
「いや、そこまで酷くないし、大丈夫だよ。でもちょっと悪いんだけど、肩借りてもいいか?どこか…あぁ、あの端の壁の辺りまで…」
男が言うが早いか、山岡はすでにパッと男の脇の間に身体を潜り込ませ、男を支えるように歩き出していた。
「休んだら大丈夫そうなんですか?」
「ま、まぁ。ちょっと横になりたい感じではあるけど…」
チラリ、と男が視線を向けたのは、ちょうど横道がある辺りだ。
「横になれる場所…」
ベンチ?とキョロキョロした山岡に、男が横道を指さした。
「あっち…」
「向こうにあります?」
男の指の先を見た山岡は、とにかく男を支えながらそちらに向かった。
そうして横道に入った山岡は、その通りが何かに気づいて、ギクリと足を止めた。
「ここは…」
う、と戸惑う山岡が入ったのは、いわゆるラブホ街だった。
「ごめん。いくらなんでも嫌だよな…」
「あの、えっと…」
戸惑う山岡に気づいた様子で、男が力ない笑みを浮かべた。
「悪い、悪い。やっぱり向こうの、どこか道端でいいや。しゃがんでいればマシになりそうだし」
ギュッと眉を寄せたままそんな風に言う男に、山岡は目の前のホテルと男の様子を交互に見てから、思い切ったように足を踏み出した。
「横になりたいなら、なった方がいいです」
ズンズンと歩き出した山岡は、周囲をあまり見ないようにしている。
肩を借りた男は、そんな山岡の様子をチラリと横目で見ながら、ちょうど目の先にあった1つのホテルを示した。
「そこでいいよ。その緑の看板のところ」
辛そうな顔をしながら、顎で示した男に、山岡は言われているだろう看板を指差して、男の方を向いた。
「あそこですか?」
―――パシャ
「うん、そこ」
痛みを堪えるような表情で、それでもニコリと微笑んだ男に頷き、山岡は貸した肩をそのままに、男の腰も支えるようにして、ホテルの入り口に向かった。
―――パシャ
「は、入りますよ?」
「うん」
ぎこちない笑みを浮かべながら、山岡が男に確認し、ホテルの壁の向こうに足を踏み入れた。
―――パシャ
「うわ…え~と?」
正直山岡は、こういった場所に疎い。
前に1度だけ谷野に連れ込まれたことはあるが、そのときは酔っていて、何をどうやって部屋に入ったのか、さっぱりわからなかった。
「もしかして、初めて?」
「あ、いえ、えっと…」
「うん、本当、ごめんな。とりあえず普通の部屋でいいから…ここ、ここ」
何やら部屋の写真が並んだパネルがあって、その明るくなっている部屋のパネルを男が触った。
「へぇ…」
出てきたルームキーらしいカードを、男がヒョイと手に取る。
「行こう」
スタスタと奥の方に向かった男が、慣れた様子でエレベーターに乗り込み、ホテルの1室にたどり着いた。
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