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第200話
「ふぅ。あ、れ?なんだか、腹の痛み、治まったみたい?」
「え?」
室内に入った途端、ケロリとしたように笑う男に、山岡の目が一瞬キョトンとなった。
「うん。なんかもう痛くない」
大丈夫、大丈夫、とお腹をさする男に、山岡は小さく首を傾げた。
「本当に大丈夫ですか?」
「うん。なんだ。治っちゃった」
「そう、ですか。あっ、でも一応、診てみましょうか?」
「え?」
「診療バッグを持っているわけではないから、触診だけですけれど」
バサリとジャケットを脱ぎ、腕まくりを始めている山岡に、今度は男がコテンと首を傾げた。
「あなた、医者?」
「え?あ、言ってませんでしたよね、そうです。医師をしてます、山岡です」
「山岡…じゃぁ山岡先生だ。おれは田村」
「田村さん」
馴染ませるように口にした山岡に、田村が頷く。
「んで、内科の先生?」
「あ、いえ、外科医なんですけどね」
「外科医!なんか格好いい!」
ドラマとかのイメージなのだろう。
途端にキラキラと目を輝かせる田村に、山岡はふわりと苦笑した。
「こう、メス!とか、手術いっぱいしてるんですよね~?」
「え?あぁ、それは、まぁ」
「すごいな~。格好いいな~。あのっ、今日いきなり会って、こんなこというのもアレかもしれないんだけど、おれと友達になってください!」
「は?え?」
いきなりガバッと頭を下げられた山岡が、面食らってキョトンとなっていた。
「あ~、いや、そりゃ驚きますよね。でもただ、おれ、医者の知り合いとかいなくって。なんかすっごくないですか?お医者さんに知り合いとかいたら」
「はぁ…」
特殊な職業に対する興味なのだろうか。
あまりに無邪気に熱弁する田村に、山岡は曖昧な吐息を漏らす。
「ぜひお近づきに!これからも色々とお話できて、知り合えていけたら嬉しいんですけど」
さっと差し出されたのは握手の手か。
これが山岡にもっとたくさんの経験値があったなら、ナンパ以外の何物でもないと気づけたはずなのだが、この山岡にはそんな考えなど浮かびもしない。
「あの、お、オレでよければ…」
医者のなにがすごいのだかさっぱりわからない、と首を傾げながらも、山岡は無防備に田村の手を握り返していた。
「うはぁ、お医者様の手だ。握手しちゃったよ、おれ」
「あはは、そんな大袈裟な」
無邪気に感激する田村に、山岡はただ恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。
「ね、ね、山岡センセ、スマホ持ってる?番号って交換できる?」
「あ、はぃ」
ゴソゴソとポケットを漁った田村が自分のスマホを取り出すのを見て、山岡も脱いだジャケットのポケットを探る。
「えーっと、番号言ってもらっていい?」
「はぃ」
スマホを振る田村に、山岡はそらで覚えている自分の番号を口にした。
「んっと、じゃぁ掛けるね」
「あ、はぃ。…あ、鳴ったみたいです」
「うっし、じゃぁ登録よろしく~」
いつの間にか軽快なタメ口になっている田村に、山岡は気にすることなくコクンと頷く。
「ふふ、おれがもしお誘いしたら、飯とか付き合ってくれる?」
「え?あ、はぃ、その…」
「じゃぁさっそく、明日のランチとかどう?今日のお礼にさ、奢らせてよ」
「え?いや、お礼なんて…。あ、あの、本当にもうお腹は痛くないんですか?」
「うん、大丈夫」
ニコリと人懐こく笑う田村に、山岡はホッとする。
「でももしまた痛くなったり、ほかに気になる症状が出てきたら、ちゃんと病院にかかってくださいね」
「はぁーい。あ、ちなみに山岡センセの病院ってどこ」
「えっと、すぐ近くの南湘記念病院です」
「じゃ、なんかあったらそこに行く」
「あはは。でもオレは外科だから、オペ…っと、手術が必要になるような病気じゃないと診ませんよ?」
基本まずは内科、と微笑む山岡に、田村がつんと口を尖らせた。
「じゃぁ手術が必要になるような病気に…」
「ならないでくださいね。病院でオレに会わないことが一番ですから」
「ちぇ。じゃぁ外では会ってよね」
とりあえずは明日のランチ、と再び誘いをかけてくる田村に、山岡が仕方なさそうに頷いた。
明日は日下部も休みだが、父に会いに行く、と言っていたのを思い出す。
「1人だし、暇だし」
ポツンとつぶやいた山岡に、田村が山岡に隠れてニヤッとほくそ笑んだ。
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