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第243話

病院を飛び出し、駐車場に向かった日下部は、車に飛び乗り、谷野に吐かせた料亭へと急いでいた。 かろうじて助手席に乗り込むことに成功した谷野が、いつになく荒い日下部の運転に、隣でヒヤヒヤしていた。 焦る気持ちを必死で押し込めながら、どうにかたどり着いた料亭で、日下部が車を飛び出してすぐ、影の脇道から、千里の車が走り去っていくのを、谷野が見止めていた。 「っ、ちぃ!」 慌てて車を降り、運転席に回りながら、日下部を谷野が呼ぶ。 料亭内に向かおうとしていた日下部が、ハッとして車に戻ってきた。 「タッチの差や!後ろに多分、山岡センセ乗ってた」 人影が3人分、と叫ぶ谷野に、日下部は遠ざかっていく父の車を見つけ、グシャリと顔を歪めた。 「追える?」 「せやから運転席やろ。早う!」 乗れ!と叫ぶ谷野に頷くより早く、日下部は助手席に身を滑り込ませた。 「確実に押さえられるところまで、気づかれずに行けるな?」 「おれを誰やと思うとるん?とら様やで」 任せとき、と笑う谷野に頷いて、日下部はジッと数台前を走る千里の車を見つめた。 「ちぃ、あんま殺気立つなや。あの秘書、やり手やで」 「っ…」 「この距離で気づかれるとも思わんけど、その視線はいただけないなぁ」 間を詰められない、と苦笑する谷野に、日下部がどうにか落ち着こうと深呼吸していた。 そうして尾行を始めた日下部と谷野の前を、千里の車がスイスイと走って行く。 特に撒こうとしてくるような動きは見せず、どこに向かっているのやら、首都高を抜け、グングン街から遠ざかっていく。 「マズイな~。車減ってきた」 隠れ蓑が減り、きっと日下部の車の情報など頭に入っているだろう秘書を思い、谷野が唸る。 「まぁ、カーチェイスも負ける気せぇへんけど…あんま無理して事故られでもしてもな」 なにせ向こうには山岡が乗っているのだ。 そこまで手荒なことはできない、と思いながら車を走らせていた谷野は、ふと一瞬感じた違和感に、ハッとハンドルを握り直した。 「バレたで」 「ん?」 「気づかれた。のに、なんも仕掛けてこん」 あれ?と首を傾げる谷野に、日下部が薄く目を細めた。 「気のせいなんじゃない」 「いんや。確かに視線向いた。…なんや、油断させてから振り切るつもりか?」 「やりかねないね」 「どうする?前に無理矢理回り込んで体当たりで止めるか…あれ?」 海が見える海辺の公園の近く。駐車場ではないが、車を止めても害にはならない拓けた場所で、不意に千里の車が停車した。 「な、んや…?」 不審な行動に、警戒心も露わに、少し離れた場所で車を止めた谷野の目の先で、千里の車の運転手が下りた。 日下部と谷野が見つめる中、後部座席のドアの前に移動した運転手が、それを開けていく。 「っ…」 下りてきたのが山岡だ、と日下部は瞬時に気づいた。 気づいたときにはもう、助手席のドアを開けて外に飛び出していた。 「ちぃ?」 「山岡!」 足早に、山岡の元に向かった日下部に、車から下りてきた山岡が気づいた。

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