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第244話
ヘッドライトの逆光になった影が、日下部だと山岡は瞬時にわかった。
「日下部先生…」
パッと駆け寄った山岡を、日下部が迎えてくれる。
「っ…無事だな?」
ドサッと飛び込んできた山岡を受け止めて、日下部がその全身に目を走らせた。
「はぃ…」
コクンと頷いた山岡を見て、日下部がホッと息を吐く。
少し離れた場所から、千里の車がスーッと走り去って行った。
「あの…ごめ」
「聞かない」
「っ…」
「それは後だ。とりあえず戻ろう」
チカチカとライトを点滅させる車を示し、日下部は山岡の肩を抱いて歩き出した。
「とらだよ」
誰が車に?と首を傾げている山岡に苦笑して、日下部は車まで戻った。
「乗って」
後部座席のドアを開け、トンと背中を押した日下部に、山岡は大人しく車に乗り込んだ。
「代わるよ、とら」
自分は運転席に回りながらドアを閉めてくれた日下部に、山岡はギュッと唇を噛み締めた。
前では助手席に移動した谷野と、運転席に乗り込んだ日下部の後ろ姿が見える。
静かに走り出した車内に落ちる、気まずく重苦しい沈黙がたまらなかった。
「っ…」
山岡は無意識に、少し擦れて傷になった手首をさすりながら、ジッと自分の膝を見つめている。
その様子を、日下部がバックミラー越しに見ていた。
「手」
「え…?」
「手、どうかしたの?」
不意に声をかけてきた日下部に、山岡はハッと顔を上げた。
「もしかして、縛られてた?」
「っ…」
イエスともノーとも言わない山岡に、日下部は冷ややかな視線をミラー越しに向けた。
「まぁ、自業自得だよね。俺の言うこと聞かないから」
ふん、と冷たく言い放つ日下部に、山岡がビクリと身を竦め、助手席で谷野が苦笑する気配がした。
「余裕みたいだけど、俺、とらのことも怒ってるからな」
「…わかっとる」
「本当、なんなの、おまえたち」
「……」
思わず押し黙る谷野と山岡は、静かな怒りを纏っている日下部の気配に気づいていた。
それからはずっと無言の車内に、どれほど重苦しいドライブが続いたか。
ふと窓の外を見た山岡は、ようやくよく見知った景色を目に止めて、帰ってきたのだと悟った。
「とらも」
マンションの駐車場に車を滑り込ませた日下部が、丁寧に停車し、エンジンを止めた。
一緒に来いと促す日下部に頷いて、谷野が助手席を下りる。
ほぼ同時に運転席を下りてしまった日下部を見ながら、山岡もまたノロノロと後部座席のドアを開けた。
「来い」
グイッと引きずり出される勢いで日下部に手を引かれ、山岡はフラフラと車から下りる。
そのままグイグイと引かれる手に逆らわず、人の動きを感知すると電気がつくエントランスにたどり着き、パッと明るくなった視界に目を瞬いた。
「ん…。擦過傷ね…」
ポツリと呟きながら、山岡の手首を撫で、指先を曲げさせ、腕を撫で、肩を揉んだ日下部が、ホッとしたように手を離した。
「っ…オレ…」
これ以上ないほど怒っているのに、山岡の身体をそれでも気遣ってくれる日下部に、山岡はたまらなくて喉を震わせた。
「……」
言葉を詰まらせた山岡からフイッと目を逸らして、日下部はそのままスタスタとエレベーターに向かってしまった。
もう山岡を振り返ってくれることもしなければ、誘ってくれることもない。
怒りをたたえた背中を向けている日下部を見て、山岡の目に涙がいっぱいたまった。
「行こか…」
後からついてきて、一部始終を見ていた谷野が、ポンと山岡の背を押した。
ちょうど開いたエレベーターのドアの中に日下部が入ってしまうのが見える。
谷野に背中を押され、山岡もまた、その後を追って、オズオズとエレベーターに乗り込んだ。
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