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第245話
シーンと気まずい沈黙がリビングに下りている。
どうにかソファまで行き着き、勝手に腰を下ろすまではした谷野も、日下部の怒りのオーラに気圧され、さすがにいつもの軽口は出てこない。
山岡に至っては、リビングに1歩入ったところで立ち止まったまま身動きできずにいる。
「ハァッ…」
張り詰めた空気を割ったのは、日下部の深い溜息だった。
「っ…」
ビクリと山岡の身体が震えた。
谷野はソファから、日下部にチラリと視線を向けた。
「山岡、ご飯食べた?」
スタスタとキッチンに向かいながら、日下部が声だけを後ろに放つ。
ピクンと震えた山岡の口が緩慢に動いた。
「いえ…」
「とらもまだだもんな。先に食べる?」
サラリと言う日下部の声から怒りは感じない。
けれど振りまいているオーラは怒気全開で、山岡は見えないとわかっていながらも、フルフルと首を振った。
「ちぃ。この状況で呑気に食事できるほど図太いやつはおらへん…」
無理や、と呟く谷野を、日下部が振り返った。
「料理でもして少し落ち着こうかと思ったんだけど」
このままじゃ、どうキレるかわからないよ?と笑う日下部の笑みが、あまりの冷笑で、山岡はもちろん、日下部の言動に慣れている谷野さえもゾッとなった。
「でも食事できないんなら仕方ないか。山岡も座れ」
フッと冷たく笑った日下部が、スタスタとリビングに出てきて、谷野のいるソファの斜め前にある1人掛けのソファに腰を下ろした。
「っ…はぃ」
ビクリと身を竦めながらも、山岡は震える足を踏み出して、なんとかソファの側まで歩いてきた。
オドオドと目線を落としながら、山岡は谷野の隣にストンと腰を下ろす。
「で?」
スゥッと目を細めて睨みを効かせる日下部に、山岡がビクリと固まり、谷野がクシャッと顔を歪めた。
「2人で共謀して、何してくれたの?」
「っ…」
「俺はとらに、山岡をガードして、って頼んだんだけど。山岡には、あの人には絶対に近づくな、って言いつけたはずなんだけど」
俺の気のせい?と嫌味ったらしく言う日下部に、山岡がフルフルと首を振った。
「ごめ…なさ…」
「聞きたくない」
ジッと山岡を睨む日下部に、今は自分を許す気がないのだとわかって、山岡は唇を噛んだ。
「言い訳もないよな。あるわけないな?俺の言葉を無視して、守る気のない約束に頷いた。その結果を覚悟の上でやってるんだろ?」
冷たく冷たく吐き捨てながら、冷ややかに睨む日下部の視線を、山岡はしっかり受け止めた。
「はぃ…」
「っ!山岡センセっ!ちゃうやろ…」
山岡と日下部の会話がたまらなくなった谷野の叫び。
山岡はジッと日下部を見つめ返したまま、静かに首を振った。
「違いませんよ…。オレは千洋の言葉を無視して日下部さんに自分から会いに行ったし、約束を破りました。ううん、日下部先生が言うように、初めから守る気なんかなかった。嘘をついたんですよ」
揺るがぬ覚悟を見せる山岡に、谷野はクシャリと顔を歪めた。
「だってそれは…っ。ちゃうやん…」
言葉を紡ぎかけた谷野に向かった山岡の視線がふわりと緩んで、谷野は何も言えなくなった。
「オレは後悔はしていませんから」
穏やかに告げて、山岡は再び日下部に向き直った。
「全て覚悟の上です」
「……わかった。寝室に行ってろ」
冷ややかに命じる日下部に、山岡は黙って頷いて、ソファから立ち上がった。
「谷野先生…ごめんなさい」
巻き込んで、と言い置いていく山岡に、谷野はブンブンと首を振った。
テクテクと寝室のドアに向かった山岡の後ろ姿が、パタンとそのドアの向こうに消えていった。
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