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第248話

「山岡、明日オペは?」 「え…?」 「明日入っているオペの予定は?と聞いている」 ギロッと山岡を睨み付けて聞く日下部に、山岡はその意味を察してギクリと身体を強張らせた。 「ないの?」 「っ、いえ…」 「なに?」 「っ…午後2番、ラパコレが1つ…」 答えながら、山岡はそんなに厳しくするつもりなんだ、とわかって、身体が震えてくるのを感じていた。 「そう…」 チラリと手の中のパドルを見下ろした日下部の目が、ゆっくりと山岡に向いた。 「万が一にも開腹になる可能性、あるのかな、それ」 ラパコレ、つまり腹腔鏡下胆嚢摘出手術は、手術を始めてから、炎症が酷く壁が肥厚していたり、周辺臓器との癒着が強かったりする場合には、開腹術に移行させる場合がある。 どうなの?と首を傾げる日下部に、山岡はそっと俯いて小さく首を振った。 「あっても…負担は変わりません…」 日下部の懸念が何かをわかっていて、山岡は自分を追い詰めるとわかっていながら、素直に答えを口にした。 「ふぅん。いい覚悟だな。思い知るといいよ。俺の言いつけを破って、守る気もない約束なんかして人を欺いて、結局傷つけられて帰ってきて」 「……」 「覚悟の上の行動だと言ったな?なら見せてもらうとするよ、その覚悟」 フッと冷ややかに笑って、日下部がクイッと顎をしゃくった。 「下脱いで。うつ伏せ」 冷たく端的に命じてくる日下部に、山岡はヒュッと鋭く息を飲んだ。 「そしたら手を出せ。縛るから」 「え…?」 「痛くてつい手を出されて、うっかり叩いたら大変だからな」 気遣いなんだか脅しているんだかわからない日下部の発言に、山岡がさすがに恐怖に固まった。 「っ…」 小さく震えたまま動けない山岡を、日下部の冷ややかな目が見つめる。 「覚悟、決まっていたんでしょ」 「っ、ん…」 確かに覚悟していたし、パドルを持ち出したのも自分だ。 それでも以前に1度叩かれ、その痛みを知っている山岡は、今更ながらに怖くて思わず首を振っていた。 「なに?無理矢理されたいんだ?」 「っ…」 「別にいいけど」 フッと笑った日下部が、シュルリとネクタイを解いたのが見えた。 「や…」 「今更怯えるくらいなら、なんで会いに行ったりした!あの人がどんな人なのかっ、山岡は知らないくせに」 「っ、でも、日下部先生のお父さんです…」 「父?はっ、血のつながりだけのその名に何の意味がある。あの人は父なんかじゃないよ。山岡も会ったんだ。わかるだろう?」 「っ、いえ…」 わからない、と首を振った山岡に、日下部の周囲の空気がブワッと怒りに揺れた。 「っ、や…」 ビクリ、と怯んだ山岡の両手が、グイッと強引に日下部に捕らえられた。 あ、と山岡が思った時にはもう、その両手が日下部のネクタイにグルグルと縛られてしまい、自由がなくなっていた。 「日下部先生…っ」 「泣こうが喚こうが、反省するまでやめる気ないから」 ドサッとベッドに押し倒した山岡の身体をグルンとうつ伏せに返しながら、日下部は山岡の腹の下に手を回し、ベルトを素早く抜き去ってしまった。 「っあ…」 緩められたズボンの前を感じたときにはもう、ズルッとズボンと下着が引き下ろされていた。 ヒヤリとした空気を剥き出しにされた尻に感じる。 ブルリと震えた山岡は、腹の下にグイグイと枕を押し込まれ、持ち上げられて晒されたお尻に絶望的な気持ちになった。 「っ…ごめ、なさ…」 反射的に口をついて出た言葉は、無意識の命乞い。 けれども今の日下部には、その言葉は届かなかった。 「舌、噛まないでな?」 何ならタオルでも突っ込む?と意地悪く言う日下部に、山岡はフルフルと首を振った。 背後から漂う怒気にどうにもできずに、山岡は拘束されてしまった手をギュッと組み合わせて目を閉じた。 「っ!」 スッと剥き出しのお尻に、パドルが触れたのがわかった。 冷たくわずかな重みを感じさせるそれに、嫌でも恐怖が募る。 以前にも1度それで叩かれた。あの時はたったの3発。 それでも泣きじゃくるほど痛かったことを思い出し、そして今日はきっと3発どころじゃ済まされないだろう予感もあって、山岡の目にすでに涙がジワリと浮かんだ。 「っ、や」 ふと、お尻に乗っていたパドルの感触が離れていったのがわかった。 ギクリと身を強張らせてしまった山岡の後ろで、フッと空気が揺らいだ。 バチン! 広範囲に肌を打つ感覚と弾けた音に、山岡はビクンと身体を仰け反らせた。 「っ、たぁ…」 ジンジンと、打たれた肌が痛い。 平手とは比べものにならないほどの痛みを受けて、山岡はすでにボロボロとあふれる涙を感じた。 その痛みもやまぬうちに、またも背後で空気が揺れる気配がする。 「っいゃぁっ!痛ぁいっ…」 強烈な2打目。無意識にバタバタともがいた足が、ベッドの上で跳ねる。 反射的に回そうとした手が、自由にならずに、拘束されていたことを思い出させる。 「いやぁ…」 もう無理、とすでに弱音を吐いた山岡の声を無視するように、後ろでまたも日下部がパドルが振り上げる。 「いや…」 バチン! 「っあ!あ、あぁ…」 ヒクンと仰け反った山岡が、バタンとベッドに倒れ伏す。 パタパタと足が跳ね上がり、無意識に動く山岡の身体は、ウズウズと捩れて苦痛に耐える仕草を見せる。 それでもなお、日下部の手が止まる様子はない。 バチン! 「あ~っ、痛ぁぁ…」 未知の4打目。もう山岡のお尻は赤く腫れ、痛くて熱くてたまらないのだろう。 ボロボロとあふれた涙が、シーツにジワリと染みを作っている。 バチン! 「あぁやぁ、痛い~っ」 バチン! 「ひぃっ、もっ、やぁっ…」 バタバタッと跳ねた足が、ボスボスとベッドを蹴りつけた。 「反省してるのか」 「っ…ご、め、なさ…」 「2度とあの人に勝手に会いに行ったりしないか」 ペチ、とお尻を軽く叩きながらの日下部の声に、山岡は痛みに散り散りになる思考で必死に答えを探した。 「っ…」 「もうあんな真似はしないな?」 「っ…い、ぇ…」 低く怒ったままの声を出す日下部に、山岡はそれでも思わず本音を漏らしていた。 「っ、山岡!」 バチン! 「いやぁ…痛いぃっ…」 またも振り上げられたパドルが、勢いをつけて山岡のお尻に落ちた。 ビクリと仰け反った山岡の顔から、パラパラと涙が散る。 泣きじゃくりながら、それでも山岡は、首を左右に振り続けた。 「や、くそくは…もう、しません。できませんっ…」 「ならばイエスと言うまで痛い思いをすればいい」 ふん、と冷たく言い放った日下部の言葉が終わるか終わらないかのうちに、空気が揺れる。 「ひっぁ…あぁ、ったい…」 パタパタともがき、うぇぇぇんと嗚咽を漏らしながらも、山岡は頑なに日下部の言葉を拒んだ。 「懲りろ、山岡。もう懲りるんだ」 あの人とは決してわかり合えない、と紡ぐ日下部の声に、山岡はひたすら首を振った。 「チッ…」 「いぁっ…痛ぁ…」 半ば脅しだとわかりながら、日下部はパドルを振り上げる。 すでに我慢比べだと思っている山岡は、負けまいと奥歯を噛み締める。 平行線をたどる2人の攻防は、なおも続く。 「いっ…ぁ」 「もう会わないと約束しろ。明日、オペに立てなくなるぞ」 いいのか?と言われても、山岡はただ首を振る。 「頑固者」 「うぁっ…ぃゃぁ…」 泣きすぎて掠れた山岡の声が、寝室の空気を揺らす。 ウズウズと揺れる山岡のお尻は、もう真っ赤に腫れ上がり、見るだけで痛々しい。 それでもなお、日下部の手は容赦なく振り上げられた。 「うっあ~!…いや、もっ、や…」 無理、と呟いた山岡が、パタンとベッドに脱力した。 エグエグとしゃくりあげる声が、張り詰めた寝室の空気に溶けていく。 ジッとその山岡の姿を見下ろした日下部が、ダラリとパドルを持った手を脇に下ろした。 「頑固…者…っ」 日下部が持っていたパドルが、ポスッとベッドの上に投げ捨てられた。 「っ…?」 ふらりと目を上げた山岡は、いきなり目の前に伸びてきた日下部の手に気がついた。 「え…?」 「許したわけじゃない…」 シュルッと解かれた手の拘束に目を白黒させている山岡にポツリと呟いて、日下部はネクタイを持ったまま静かにベッドを下り、寝室を出て行ってしまった。 「っ?!日下部せんせ…っ」 わけがわからず、慌てて後を追おうとした山岡だが、ちょっと身動きしただけで、ズキンと痛んだお尻の痛みに負け、またもバタンとベッドに突っ伏してしまう。 「っ…痛ぁ…」 そぉっとお尻に伸ばした手が、燃えるような熱さを感じて、ビクリと怯んだ山岡は、諦めたようにそのままベッドの上に倒れて力を抜いた。 「う、ぇぇぇっ…どうしたらよかったんですか…?オレは、どうしたらいいんです…」 諦めたくない。それに、山岡は日下部の知らない事実を、いくつか知ってしまっていた。 けれど山岡は、その全ては自分の口から日下部に言っていいものではないと思っている。だからこそどうにもできない。 「っ、ごめんなさい…。だけどオレ、千洋が大事で…大好きなんです…」 ポロポロと涙を流しながら、山岡はシーツに顔を押しつけた。 切ない泣き声が、寝室の空気を小さく揺らす。 エグエグとしゃくりあげ、そのまま泣きながら、泣き疲れ、山岡はいつの間にか眠ってしまった。 山岡を放置して、リビングに出てきた日下部もまた、疲れたように頭を抱えていた。 「なんであそこまで頑ななんだ…。山岡は、夢を見すぎだ…」 ハァッ、と深いため息をつきながら、日下部は浴室に向かっていた。 「ただもう2度と会わないでくれれば、それでいいのに…。愛しているんだ、大事なんだ…」 クソッと呟く日下部の目の前に、酷い顔をした自分が映っていた。 「さすがにあれ以上は叩けないだろう…?こんなに大事なのに、どうして…」 すれ違い、伝わらない思いにもどかしさを感じながら、日下部は情けない顔をしている鏡の中の自分から目を逸らした。 互いに大切なのに、うまく重ならない想いが2人を包み、苦しい思いを抱えた2人の夜が更けていった。

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