俺は、風通しの良いこの会社を、すごく気に入っている。 　アプリ開発やウェブサービスの運営を行うベンチャーで、社員は20～30代が中心。 　柔軟な思考の人が多く、会話や意見交換も活発で、わきあいあいとした雰囲気だ。 　……ひとりを除いて。 　俺の直属の上司である、浜部(はまべ)卓哉(たくや)。 　UIデザイン、プログラムを一挙に管理するやり手だが、どうにもこうにもとっつきにくい。 　頑固者。融通が利かない。ニコリともしない。 　顔は良いので、女子社員の中では硬派イケメンで通っているらしいが、部下の俺としては、ただただ仕事がやりにくい相手だ。 　そんな浜部の意外な一面を知ることになったのは、ある秋の晩のことだった。 　ひとり暮らしの部屋でだらだらと、ゲイの出会いアプリを見ていた。 　先日24歳になったばかりの俺は、まだまだひとりに落ち着くには早い。 　気が向いたときに、割り切りでセックスだけできる相手を探すくらいがちょうどいいと思っていて、この日も、さくっと会えそうなのを探していた。 　しかし。 「え……」 　思わず小さな声を漏らして、スクロールする手を止めた。 　プロフィール写真が、どう見ても浜部。 　角度で全部は出してないけど、左目の下に泣きぼくろがあるので、間違いない。 　名前も『たく』。 「うっそでしょ」 　詳細を開くと、ますます信ぴょう性が高い。 　28歳、東京、IT系。 　コメント欄には、『Mっ気があるので、調教プレイとか興味あります』とある。 　見なかったことにするのが幸せだと思い、閉じよう……としたけれど、ふと思い立ち、チャット画面に飛んだ。 　一泡吹かせてやろう。 　調教相手に部下が現れたらどんな反応をするのか、好奇心がうずく。 　本日4本目のビールを飲み切ったところで、酔っていたのかも知れない。 ［はじめまして。年下でも大丈夫ですか？］ 　ほどなくして、返事が来る。 ［はじめまして、こんばんは。プロフィール拝見しました。年齢は気にしていないので、大丈夫ですよ］ 　フレンドリーな感じを出されて、本当に浜部か？　と疑いたくなる。 　ひとつ質問してみることにした。 ［IT系なんですね。俺もITのベンチャーに勤めてます］ ［僕もベンチャーですよ。アプリ系です］ 　割り切り相手に仕事の話なんて、初めてした。 　というか、個人的な話になった途端逃げる奴も多いので、ペラペラしゃべり出すこいつがちょっと心配になる。 ［出会い系、よく利用するんですか？］ ［いえ、初めてです。なので、ケイさんにリードしていただけるとうれしいです］ 　お望みどおりにしてやろうと思う。 　別にすごいSな嗜好があるってわけでもないけど、すましたイケメンがめちゃくちゃにねだってきたりしたら、興奮するような気がした。