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俺には、10年も片思いをしている幼なじみがいる。
天然だし、幼稚園児同士の距離感のまま高校生になってしまったから、べったりくっついたりするのは当たり前。
なので、行動や発言で好意に気付いてもらうのは無理だと、あきらめている。
そして、直接言葉にするつもりもないから、俺はこの片思いが成就しないままジジイになって、一生を終える予定だ。
「たくまー、帰るぞー」
ぼけっと突っ立つ、小柄な背中に声をかける。
振り向いたその表情は、驚いたように黒目がちの瞳を大きく見開いていて、しかし俺の姿を見つけると、途端ふにゃっと溶けた。
「いま行く!」
笑顔で駆け寄ってくるこいつを、本当は真正面から抱きとめてやりたいと思いながら、肩を組むにとどめる。
こうやって10年、なんとかやってきた。
「やっぱり前髪、変かなあ? 女子にからかわれちゃった」
そう言いながら、間違えて切りすぎたというぱっつんの前髪を引っ張る。
「美容院行けばよかっただろ」
「だって緊張するんだもん。それかりっくんに切ってもらえばよかったな」
「俺が切ったって変になるよ。次はちゃんと店行けよ、1,000円カットとかでいいんだから」
たくまはいつも、学校帰りにそのまま俺の家に来て、だらだらして、夕飯の時間になったら帰る。
いや、帰ると言ったって、3軒先の斜向かいなのだけど。
うちの親はいつも帰りが遅いので、要するに、毎日俺の部屋でふたりきり。
我ながら、すごい精神力だと思う。
何もせずにいられるなんて。
駅で電車を待っていたら、たくまは俺の腕のところにぴったりと肩を寄せて、スマホの画面を見せてきた。
「見て、さっき最高得点出した」
カラフルなパズルゲーム。お菓子みたいな配色が、こいつによく似合う。
「さっきって? ホームルームの時か?」
「うん。暇になるとつい、うずうずっとやりたくなっちゃうんだよね」
「依存だ依存だ。あと、先生の話はちゃんと聞け」
「あとでりっくんに教えてもらうからいいかと思って」
そんな風に屈託なく笑うのだから、何かの忍耐力を試されているのかと思ってしまう。
小さな頃からずっとそうだ。
りっくん、りっくん、と言ってもどこにでもついてきて、『困った時はりっくんに言う』『面白かったことはりっくんに言う』と、甘えたような顔で覗き込んでくるのだから、たちが悪い。
3駅電車に乗って、そこから10分歩いて、ふたりで帰宅した。
いつも通り、トントンと2階の自室へ上がる。
ドアを開けると、西日が差し込んだ部屋は灼熱だった。
「あっつ……」
冷房を18℃まで下げようとしたら、たくまは俺の腕にちょっと絡みつくようにして、それを阻止した。
「だめだよ、地球環境に悪い」
「最初は部屋が冷えるまではガンガン下げて、そのあと設定温度を上げた方が冷房効率がいいんだよ」
「そうなの?」
目をぱちくりした後、眉尻を下げて「りっくんは何でも知ってる」なんて言って、無邪気に笑う。
俺は、内心ため息をつきながら、カーテンを閉めた。
こいつといると、疲れる。心が振り回されっぱなしで。
俺が頭の中でお前をどうしてるかなんて、知らないくせに。
知る由もないだろうけど。
いつも通り適当に漫画を読み始めたところで、ふいに、何かのネジがポーンと外れた。
何かきっかけがあったわけでもなく、突然。
「なあ、たくま」
「ん?」
顔を上げたたくまの漫画を奪い取って、ぽいっと投げ捨てる。
「わ、何すんのっ」
無防備に取りに行こうとする体を無理やり押さえつけて、床に押し倒した。
「った……ちょっと、やめてよ」
むくれている。まだ事態が分かっていないらしい。
「俺が何しようとしてるか分かんないの?」
「え? 何? 分かんない」
うろたえるのを無視して馬乗りになり、両手首を掴んで床に押し付ける。
「ごめん、もう我慢できない」
低くつぶやいて、無理やりキスした。
驚きすぎたのか、声も上げないし暴れもしない。
そこで、やってしまった、と我に返った。
10年耐えた意味は?
あんなに鉄の意志を貫いてきたのに、こんなにあっけない衝動で全部終わらせてしまった。
なかば茫然自失の中、おそるおそる顔を離す。
するとなぜか、たくまは、顔を真っ赤にしていた。
「す、するならちゃんとしてよ……」
「は……? 何が?」
「だから、キスするなら、もうちょっとなんかあるじゃん。その……ムードとか」
顔だけふいっと横に向ける。
そっと手を離してやると、たくまは俺を突き飛ばす……こともなく、自分のワイシャツのえりの辺りを握り締めた。
そして、目を合わせないまま言う。
「そういう日が来るなら、なんかもうちょっと、ついに念願叶ってみたいな感じかと思ったんだもん」
「……何言ってんだ? 怒らないのか?」
「怒るわけないでしょ。いや待って、りっくんは好きとかそういうつもりじゃない? なんとなくしただけだったら怒る」
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