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……は?
言葉が出てこず、ただ、たくまの顔を見下ろす。
たくまも、ちょっとビクビクしながら俺の顔を見ていた。
もしかしたら、にらんでいるように見えたのかも知れない。
「ごめんっ、うそ。怒らないから。怒らないで?」
「怒ってはいない。てか、何でお前は怒らないんだよ。急にキスしたんだぞ」
「……だって、りっくんにキスされたらうれしいし。僕、りっくん好きだし。分かりやすくしてたつもりなんだけど」
再び言葉を失う。
真顔で黙っていたら、たくまが、ちょっと困った感じで笑った。
「こんなに分かりやすくしてもダメなんなら、無理なのかなって思ってた」
「いや……俺がバカだった。なんで10年ももだもだした挙句に、こんな弾みでしちまったんだろ」
思わず前髪をくしゃっと混ぜたら、たくまはふふっと笑った。
「とりあえずどいてくれない? 重たいよ」
「あ、わりぃ」
そんなことにすら気付かないくらい、動揺していたらしい。
ぱっと横に飛び退くと、たくまは「よいしょ」と言いながら体を起こした。
「りっくんが上手にできないところなんて、初めて見た。何でもできるんだもん」
「たくまには何にもできなかっただろ」
後頭部をがりがり掻いたら、たくまはずいっと近寄って聞いてきた。
「ねえ、ちゃんとキスってどうやってするの? 普通に口くっつけるだけ?」
「ん……多分」
華奢な肩に手を置く。
この程度の距離に顔が近づくことなんて、よくある話だ。いまさらドキマギすることじゃない。
頭ではそう思っているのに、緊張で死にそう。
「たくま。俺、お前のこと好きだよ。ずっと好きだった」
一生口にする予定のなかった言葉。
たくまは、小さな口を閉じたままじっとしている。
たくまの目を右手でそっと覆い、離すと、大きな瞳は伏せられ、長いまつ毛がかすかに震えていた。
静かに顔を寄せる。唇の前でちょっと止まってから、キスをした。
たくまは、じっとして動かない。
どんな表情かと思ってちょっと顔を離したら、何かをこらえているような、何とも言い難い表情だった。
「……なんか、違ったか?」
何を考えているのか分からず顔を覗き込んだら、たくまは、むぎゅっと抱きついて胸のあたりに顔を埋めてきた。
「ぼ、僕だって男だからね。言いたいこと分かるでしょ?」
そのひとことで、俺は、猛反省した。
こいつがあまりにもいつもふわふわだから、『そういうこと』とは無縁なんだろうと思い込んでいたからだ。
だからこそ、頭の中で汚して、罪悪感を抱いていたのだけど。
こいつはこいつで、俺にどうにかされる妄想で乱れたことなんかも……あったのだろうか。
「たくまは、その、したいとか、あるのか?」
「あ、当たり前だよっ。好きな人に触りたいとか……誰だって……思うじゃんか」
きょろっとした瞳で上目遣いに、すねた顔をする。
そして、可愛い顔を凶器に、とんでもないことを口にした。
「僕、りっくんに好きとか言ってもらうの永遠に無理なんだろうなって思って、でも寂しいから、いつもりっくんにしてもらってると思いながら、ひとりでしてた……その、後ろ使って」
……どうコメントするのが正解なのか、皆目見当がつかなかった。
黙って抱き寄せて、深いキスをする。
「ん、……ふっ、んぅ……」
「……はぁ、たくま、したい」
「僕も。したいよ」
頬を赤らめ、潤んだ目で見つめる。
この表情に何度もだまされてきた……と思っていたが、たくまは俺をだましていたわけではなく、俺が受け取っていなかっただけだ。
ハナから、そんな日はこないとあきらめて。
「僕、家に、ローションあるから取ってくる。えっと、コンドームは……」
「コンビニで買ってくる」
蚊の鳴くような声で「こんびに」と言ったきり赤面するのは、ずるい。
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