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 あきは、気合中の気合を出して、仕事を定時に終わらせた。  俺は学校のすぐ近くまで車で来ていて、そのまま拾ってペットショップに向かった。  うずうずとした様子のあきに、笑いながら言う。 「電話で、売れないように展示やめてもらったんでしょ? 大丈夫だよ」 「そうだけど、でもやっぱり、早く会いたい」  20分ほど走らせ、ペットショップへ。  店内に入ると、あきは一直線に、きのうの店員さんに声をかけた。  店員さんは笑顔でうなずくと裏へ引っこみ……。 「はい。こちらがきのうの、豆柴ちゃんです」  俺たちのことをちゃんと覚えていたのか、店員さんの腕の中で、うれしそうにこちらを見ている。  あきは眉尻をハの字に下げながら、でれでれの顔で犬を受け取った。 「迎えに来たよ」  あきは犬に向かって色々話しかけたあと、一旦俺に預けて、店員さんとともに犬のグッズを揃えに行った。  俺は、腕の中の小さな命を噛み締める。  あったかくて、もぞもぞしてて、生きてる感じ。  本当に、うちに来るんだ。 「仲良くしようね」  小さすぎる尻尾を振りながら、前足を胸の辺りにかけて、顔をすり寄せてくる。  ダメだ。ちっちゃくて、可愛すぎる。  15分ほどかけて必要なものを揃え、飼育の説明を受けたり必要な書類を揃えて、帰ることになった。  犬が入ったキャリーバッグを抱えて、店の外に出る。  おそらく、夜の景色を見るのは初めてなのだろう。  少し落ち着かなそうに狭いキャリーの中でぐるぐる動くのを、しっかり抱きしめて助手席に乗った。 「あき、安全運転でね」 「もちろん」  バックミラーについたお守りが揺れる――むかし、広島旅行に行った時に俺がプレゼントした、交通安全のお守りだ。  慎重に車を走らせ、帰宅したのが19:00過ぎ。  キャリーから出してやると、ここはどこだろうといった感じで、室内をうろうろし始めた。  ここが自分の家だと安心するまで、あまり構ってはいけないらしい。  俺たちは、ちんまりとソファでコンビニ弁当を食べながら、犬が不安がらないよう、静かにそれを見守った。 「名前、何にしようか」 「あんまりかっこつけた名前はやだな。カタカナ語とか。もっと、癒し系の顔に合うまろやかな響きがいい」  ああでもないこうでもないと考えること、およそ30分。  するとあきが、小さくポンと手を打って言った。 「分かった、こういうのはどう? 『むうむ』」 「ん? 変わった名前だね」 「みすみ、さらさ、むうむ」  並べられたら、プッと噴き出してしまった。 「……たしかに、すっごく可愛い。んー、もう『むうむ』にしか見えないや」  キョロッと可愛い目がぴったりの響きだ。 「決定?」 「うん。超可愛い」  キッチンを興味深げに見上げる後ろ姿に向かって、そっと声をかけた。 「三船むうむくん」  もちろん振り向かない。  そして、チャッチャッと脚を鳴らしながら、部屋の壁に沿って進む。  さながら冒険だ。  ふたりで顔を見合わせて笑った。 「本当に本当に、可愛いなあ」 「早くもあきが溺愛する姿が見えるよ。まだなんにもしてないのに」 「僕も、自分でそう思う」  なぜだかぎゅうぎゅう抱きしめられて、いっぱい色んなところにキスされて……幸せってこんな感じかな、と思った。

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