30 / 72
4
あきは、気合中の気合を出して、仕事を定時に終わらせた。
俺は学校のすぐ近くまで車で来ていて、そのまま拾ってペットショップに向かった。
うずうずとした様子のあきに、笑いながら言う。
「電話で、売れないように展示やめてもらったんでしょ? 大丈夫だよ」
「そうだけど、でもやっぱり、早く会いたい」
20分ほど走らせ、ペットショップへ。
店内に入ると、あきは一直線に、きのうの店員さんに声をかけた。
店員さんは笑顔でうなずくと裏へ引っこみ……。
「はい。こちらがきのうの、豆柴ちゃんです」
俺たちのことをちゃんと覚えていたのか、店員さんの腕の中で、うれしそうにこちらを見ている。
あきは眉尻をハの字に下げながら、でれでれの顔で犬を受け取った。
「迎えに来たよ」
あきは犬に向かって色々話しかけたあと、一旦俺に預けて、店員さんとともに犬のグッズを揃えに行った。
俺は、腕の中の小さな命を噛み締める。
あったかくて、もぞもぞしてて、生きてる感じ。
本当に、うちに来るんだ。
「仲良くしようね」
小さすぎる尻尾を振りながら、前足を胸の辺りにかけて、顔をすり寄せてくる。
ダメだ。ちっちゃくて、可愛すぎる。
15分ほどかけて必要なものを揃え、飼育の説明を受けたり必要な書類を揃えて、帰ることになった。
犬が入ったキャリーバッグを抱えて、店の外に出る。
おそらく、夜の景色を見るのは初めてなのだろう。
少し落ち着かなそうに狭いキャリーの中でぐるぐる動くのを、しっかり抱きしめて助手席に乗った。
「あき、安全運転でね」
「もちろん」
バックミラーについたお守りが揺れる――むかし、広島旅行に行った時に俺がプレゼントした、交通安全のお守りだ。
慎重に車を走らせ、帰宅したのが19:00過ぎ。
キャリーから出してやると、ここはどこだろうといった感じで、室内をうろうろし始めた。
ここが自分の家だと安心するまで、あまり構ってはいけないらしい。
俺たちは、ちんまりとソファでコンビニ弁当を食べながら、犬が不安がらないよう、静かにそれを見守った。
「名前、何にしようか」
「あんまりかっこつけた名前はやだな。カタカナ語とか。もっと、癒し系の顔に合うまろやかな響きがいい」
ああでもないこうでもないと考えること、およそ30分。
するとあきが、小さくポンと手を打って言った。
「分かった、こういうのはどう? 『むうむ』」
「ん? 変わった名前だね」
「みすみ、さらさ、むうむ」
並べられたら、プッと噴き出してしまった。
「……たしかに、すっごく可愛い。んー、もう『むうむ』にしか見えないや」
キョロッと可愛い目がぴったりの響きだ。
「決定?」
「うん。超可愛い」
キッチンを興味深げに見上げる後ろ姿に向かって、そっと声をかけた。
「三船むうむくん」
もちろん振り向かない。
そして、チャッチャッと脚を鳴らしながら、部屋の壁に沿って進む。
さながら冒険だ。
ふたりで顔を見合わせて笑った。
「本当に本当に、可愛いなあ」
「早くもあきが溺愛する姿が見えるよ。まだなんにもしてないのに」
「僕も、自分でそう思う」
なぜだかぎゅうぎゅう抱きしめられて、いっぱい色んなところにキスされて……幸せってこんな感じかな、と思った。
ともだちにシェアしよう!