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 月光だけを頼りに、廊下を走った。  下の階から、女子生徒の悲鳴が聞こえる。  おそらく、東階段の2階踊り場。  ゾンビの移動速度を考えれば、4階まで上がれそうだけれど、上の教室が開いているとは限らない。  先に逃げ込んだひとが、鍵をかけてしまっている可能性もある。  僕にはもう選択肢なんてない――  だから僕は、意を決して、目の前の教室に飛び込んだ。  いまから2時間前。  6限目の途中に、突然、火災報知器が鳴った。  僕たち1年4組は体育館にいて、けたたましい警告音に騒然とした。  すぐに、体育館だけではなく、緑ヶ丘高校の校舎全体で鳴っているらしいということが分かった。  先生の誘導で、皆で校庭へ逃げようとする。  しかし先生はすぐに大声で、体育館の中へ戻れと叫んだ。  訳の分からないまま、先生の指示どおりに、全ての窓を施錠し……ようとしたところで、男子が叫んだ。  外に大量のゾンビがいて、校庭に逃げてきた生徒を次々と食べていたのだ。  僕たちは、ステージ下に収納されたパイプ椅子を積んで、バリケードを作った。  外からは、助けを求める絶叫と、ウーウーというゾンビのうめき声が聞こえる。  外へ出たいひとと開けるなと言うひとが、殴り合っている。  女子がわーわー泣いている。  まさに地獄絵図。しかし不幸にも、誰もスマホを持ってきていなかった。  救助を要請することもできないし、誰も助けに来ない。  外がどうなっているのか、想像もつかない。  2時間ほど経ったところで、ドア付近から、ドスン、ドスンという音がし始めた。  おそらく、ゾンビが体当たりしている。  その数はどんどん増え、皆の緊張が最高潮まで達してしまうと――もうダメだった。  男子のひとりが、半狂乱で叫びながら、バリケードを壊し始めた。  止めるひとたちの制止を振り切り、外へ飛び出す。  瞬間、ゾンビがなだれ込んできて、そのひとと、止めに入っていた3人が一気に食われた。  皆、誰ひとり友達のことを気遣うこともなく、一斉に逃げ出した。  もちろん僕もなりふりかまっていられなかったので、ゾンビ数体がひとりを食おうとしているすきをついて、外へ出た。  秋の夕焼けに染まる校庭は、ゾンビで埋め尽くされていた。  食われたひとも、ゾンビになっているらしい。  異様な光景。こんな、非現実的な。  ゾンビたちは校門からゾロゾロと外へ出ているようで、外へ出るにはゾンビの群れに突っ込むことになる。  もちろんそんなことはできない。  僕は仕方なく、校舎の中に入った。  1階はダメ。  小柄な僕は、ゾンビのすきをついて移動していたのだけれど、どの教室も中から施錠してあった。  開けてくれと叫んでドアを叩いても、当然開けてくれるわけがない。  2階、ダメ。  3階、ダメ。  もう無理かもしれないけれど、ここから飛び降りるよりは、4階に上がった方がまだ可能性はあるか?  女子生徒の悲鳴が聞こえて、いよいよダメかもしれないと思いつつ、4階へ上がろうとした、そのとき。  ドアがガラッと開いて、中から声がした。 「入れ! 早く!」  男子生徒の叫び声。  僕は小さな教材室に飛び込んだ。  そして、いまに至る。  頑丈に組まれたバリケードの下で、怖いと思っていた不良に抱きしめられて、泣くのをこらえている。  不良――清水先輩は、震える僕の頭を、ずっとずっと撫でていてくれた。

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