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1 教室の世迷言

 俺には、9歳年上のネット友達がいる。  春馬(はるま)さんという人で、25歳。学校の先生をしているらしい。  俺は16歳、青春真っ盛りの高校2年生で、俺たちには共通項がある。  腐男子なのだ。  それも、割とガチめの。  リアルの友達には絶対言えない秘密で、春馬さんは、この誰とも分かち合えない趣味を存分に語り合える、貴重な存在だ。  会ったことはないけど、日々、読んだBL漫画の感想をせっせと送り合っている。  布団にもぐり、寝る準備ができたことをLINEで伝える。  ほどなくして、電話がかかってきた。 「はい、もしもし」 『こんばんは。きょうもお疲れさま』  はー、癒される。  春馬さんの声は穏やかで、あんまり抑揚のない感じがとても落ち着くのだ。  だから毎晩こうして寝る前に電話をして、ちょっと漫画の話をして、寝落ちする。  春馬さんと知り合ってまもなく1ヶ月というところだけど、電話するようになってから、めちゃめちゃ快眠だ。 「コミッコ見ました? 『君と体温』、1冊にまとまったの出ましたよ」 『え、気づかなかった。タミくんは買ったの?』 「まだです。ていうか、今月分のコイン全部使っちゃって」  タミくんというのは俺のハンドルネームで、本名・高野(たかの)(みつる)の頭文字を取っただけという、なんとも適当な名前だ。  ちなみに、春馬さんは本名らしい。  知的で温和な雰囲気がよく似合う名前だと思う。 「あさって、近藤すずな先生の新刊も出るじゃないですか。楽しみにしてたのに、来月まで買えないです」  学生は辛い。めいっぱい入れているバイトの給料が、すぐに吹っ飛んでいく。  充実したBLライフを送るために、漫画代だけではなく、一般人にステルスするための服やら遊びにそれなりの経費をかけているから、仕方ないんだけど。  はあっとため息をついたら、春馬さんは、しみじみと言った。 『学生さんは大変だよね』 「はい、もう、早く大人になりたいって感じです」  もう1度ため息をつく。すると春馬さんは、少し黙ったあと、静かに言った。 『あの、もしよければなんだけど、一緒に読まない? 僕それ、書籍版を買うつもりで』 「え!?」  一緒にって? それってつまり……? 「それって、あ、会ってってことですか?」 『うん。もちろん、嫌だったら全然断ってくれていいんだけど』  思いがけなさすぎて、動揺してしまう。  いや、正直、めちゃめちゃ会ってみたいと思っていた。  でも、学校の先生だって言うし、『ネットで知らない人と会っちゃいけません』って注意するような立場の人だから、絶対会ってくれないだろうとも思っていた。  まさか、春馬さんの方から言ってきてくれるなんて……。 「いや、読ませてもらえるんなら、ぜひ。それに、いつか春馬さんと長々語り合えたら最高だなって思ってたんで」 『そっか。よかった、断られなくて』  ほっとしたように、ほんの少し笑う。  いや、何それ。萌える。  春馬さんのすごいところは、こういう、尊い攻めみたいなことをぽろっと言うところだ。  別に俺自身はゲイとかじゃないんだけど、なんというか春馬さんは、萌えるキャラとして確立されている感じがして、普通に漫画を読んでいる感覚でキュンとする。 『実はね、サイン本を買おうと思ってて。近藤先生のツイッターで置いている書店一覧を見て、土曜日に新宿に買いに行く予定なんだけど……』 「えっ、それ、ついて行っていいですか?」 『うん。一緒にBLの棚を偵察してくれたらうれしいな。やっぱりひとりじゃちょっと恥ずかしくて』  本屋で、BLコーナーの前を何度も素通りしながらチラチラ見ている春馬さんを想像する。  待って何それ、萌える。 『タミくん、新宿まで来られる?』 「あ、大丈夫ですよ。めちゃめちゃ近いんで」  俺の家は、新宿から中央線で3駅の、阿佐ヶ谷だ。  なので、都内ならどこへでもすぐに出られるし、新宿は庭レベルによく遊んでいる。 『それじゃあ、待ち合わせをどうするとかは、またあした話そう』 「あ、はい。最近出た本とか、調べておきます」  いつもならこの辺でいい感じに眠たくなってきて、ほぼ寝落ちみたいな感じで電話を切るんだけど……いや、全然眠れない。  察知したのか、春馬さんは控えめに笑って言った。 『大丈夫、僕も楽しみで眠れない』  やめて、萌え散らかしてしまう……!

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