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土曜日の朝、俺は、最高潮にドキドキしながら、新宿駅東口広場に向かっていた。
どんな人だろう。
妄想上では、物腰やわらかな感じが生徒に大人気の、優しいお兄さんだ。
買う本は『教室の世迷言 』という先生×生徒もので、表紙の絵を見た感じでは、俺の中の春馬さんっぽい雰囲気がしている。
穏やかでまじめそうな。
階段を上り切ると、まぶしさに思わず目を細めた。
梅雨が明けたと思ったら太陽がいきなりかっ飛ばしていて、毎日最高気温を更新し続けている。
人混みを追い越して、広場の真ん中へ。
ジリジリと日差しが照りつけるなか、通行人をぼーっと眺めていたら、手の中のスマホが震えた。
電話だ。
「もしもし」
『あ、タミくん。いま東口に着いたんだけど、どんな服着てる?』
「えっと、黒いTシャツにベージュのハーフパンツ、白のスニーカーでバケットハットかぶってます」
『あ……、いた、かな……』
遠くに、こちらを見たまま立ち尽くしている男の人がいる。
白っぽいTシャツに、ブルーデニム。眼鏡。
亀の甲羅くらい大きなアウトドア系リュックを背負っていて、スラッとしている。
立ち上がろうとしたら、なぜかくるっと反対を向いてしまった。
「あの、春馬さん? おっきいリュック背負ってますよね?」
『……タミくん。僕たち、会わない方がいいかも』
「えっ、何でですか?」
見た目で、イメージと違うと幻滅されただろうか。
慌てふためいていると、春馬さんと思しき人物は、ゆーっくりこちらを向いて、重い足取りで俺の目の前にやってきた。
「あ……っ」
時が止まった。
目の前に現れたのは、生物の川上 先生だったのだ。
「え……っと?」
裏返った声を上げた後、完全にフリーズ。
「……高野統、で、タミ。はあ」
先生はそれっきり、何も言わない。
川上先生は物静かな人で、笑ったところなんて見たことがないし、淡々と授業をする、地味なタイプ。
授業は分かりやすいけど、とっつきにくい。
もちろん、個人的に話したことなんて1度もない。
「あー……えっと、先生。いや、春馬さん? あ、いやっ、」
「……知らなかったとはいえ、生徒と個人的に会うのはまずいから。ごめんね、なかったことにしようか」
ですよね。
俺だって、エロ満載の漫画の話を教師としてたなんて、恥ずかしすぎてもう、都庁の頂上から飛び降りたい気分だ。
「あの、俺も誰にも言わないんで、川上先生も……」
と言いかけたら、川上先生は、人差し指を唇につけて眉をひそめた。
そして顔をちょっと近づけて、内緒話みたいに小声でささやく。
「もちろん、僕も言わない。だから僕たちは、何もなかった。それでいい?」
「はい。すいませんでした」
頭を下げて、早歩きで駅へ戻る。
ちらっと振り返ると、川上先生は、ぼーっとその場に立ち尽くしていた。
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