3 / 69
1-3
最悪な気分で家に帰った。
汗びっしょりなのは、暑かったからってわけじゃない。
自室に入りボディバッグを床に放り投げて、ベッドへうつ伏せにダイブした。
あー、もう。なんでよりによって、自分の学校の教師なんだよ。
電子の海でそんな偶然起こすとか、どんな奇跡だ。
夏休み前に運を使い果たした気がする。
最悪。最悪すぎる。
ごろっと寝返りを打ったところで、ふっと気付いた。
なぜ春馬さんの声が眠たかったのか。
俺、生物の時間いつもめっちゃ眠い……。
「うわああああっ!」
恥ずかしすぎて、思わず大声を上げる。
月曜からどんな顔して授業受ければいいんだよ。
俺だって気まずいし向こうだって気まずい。
なんで会っちゃったんだ、本気でバカだ。
ゴロゴロと布団の上を転がりながら、目を閉じる。
すると、もわっと浮かんだ。
まじめそのものの川上先生が、家に帰るとひとりで、黙々とBL漫画を読んでいる。
感想をちまちまとスマホに入力して、ツイートする。
さらにちまちま入力して、俺にLINEを送る。
先生らしいロジカルな考察で、ふたりの心の機微や世界観、舞台設定について淡々と語る。
そして寝る前には俺に電話をして、何が面白かったどれが読みたいと、あれこれ報告して……
「え? 可愛くない?」
思わず、天井に問いかけてしまった。
あの、表情筋の動きゼロの川上先生が、BLを読んでじんわり感動してたり、『会うのが楽しみで眠れない』とか言ってたり、その他いままでの尊い発言を全部総合すると……
「いや、可愛いよね?」
待って、500%可愛い。
春馬さんが重視しているのは、萌えとかエロよりも、ストーリーの巧みさやキャラの人生観だったり。
掘り出し物を見つけると、宝箱を見つけたような気持ちになる、なんて言っていた。
ちょっとはにかんで言っていた。
うん、可愛い。
自分が、とことんギャップ萌えに弱いことを思い出した。
ばっと起き上がり、スマホを掴んで、春馬さんとのトーク履歴をさかのぼる。
すると、出るわ出るわのキュン発言オンパレード。
それが全部あの川上先生の無表情から出ていると想像すると、自分が数々晒した恥ずかしい発言やら性癖がチャラになるくらい、萌える。
もしかしたらブロックされてるかも、とは思いつつ、ひとこと書いてみた。
[会うのは無理でも、こうやって連絡取るのはできますか?]
ほどなくして、返事が返ってくる。
[無理です]
無理と言いつつ律儀に返事してくる。
あと敬語。可愛い。
[サイン本、買えましたか?]
[いま買ったところです]
返事きた。可愛い。
[BL棚、偵察できました?]
[見たけど、本当に見ただけ。レジもすごい恥ずかしくて、2度とリアル本屋では買わないことにしました]
ちょっと考えたあと、勢いのままに入力し、こう送った。
[春馬さん。俺、話せなくなるの寂しいです。春馬さんはどうですか?]
返事がない。と思ったら、ぷかっと吹き出しが増えた。
[電話してもいい?]
指が勝手に、通話をボタンを押していた。
ともだちにシェアしよう!