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気もそぞろに働いて、終わったらソッコー電車に乗って、新宿に向かった。
2日連続で春馬さんなんてぜいたくだけど、きょうで人生最後かも知れないから、かみしめないといけない。
本当にきょうで終わりなら、最後に思い出みたいな感じで、ちょっと抱きしめてもらうくらいはできるだろうか。
……いや、関係を終わらせることなく、永くいい友達のままでいられるように。
これがきょうの趣旨だ。
きょうをミスったらもう未来はないと思うので、変な下心は封印しよう。
改札を出ると、春馬さんが壁にもたれて待っていた。
きのうあげたマスク、使ってくれてる。
そんなささいなことでうれしくなってしまうのだから、自分はバカだ。
「お疲れさま」
「すいません、待たせちゃって」
「ううん、いま来たところだから」
真正面に立ち、ほんのちょっと見上げる。
眼鏡の奥の黒い瞳に吸い込まれそうになって、それだけで心臓がドキドキと鳴った。
「個室のお店、予約したんだ」
「え、わざわざ? ありがとうございます」
「待ちたくないし、人に聞かれたくないし」
そう言って、ふいっと出口の方へ向く。
元々、顔にも声にも表情がない人だ。
何を考えているのか、さっぱり読み取れない。
でも、拒否されている感じはなかったから、とりあえずそれだけでもよろこぶべきかと思う。
駅から5分ほど歩いたところにある、こじゃれた創作和食のお店。
言葉数少なに向かい、名前を告げて部屋に通してもらって、ドアが閉まった瞬間。
マスクを外した春馬さんは、俺の頭をするっとなでた。
「色々決意してきたはずなのに、顔を見たら一瞬で全部消しとんじゃった」
真顔のまま、すっと目を細める。
俺は、驚きのあまりフリーズした。
頭なでられた……。
マジか。
え? マジっすか……。
どう反応するのが正解なのか分からなくて固まっていると、春馬さんは、はっと気づいたように息を飲んだあと、ちょっと目をそらしながらリュックをおろした。
「ごめん」
「いや、謝ることなくて、全然……」
ボディバッグを荷物カゴへ。
マスクも適当にねじこんで。
たぶんこれで、顔が赤いのはバレバレだ。
「元々教師失格だけど、大人として絶対ダメなこと言うね?」
「はい」
「好き。友達は超えて」
ぎこちなく、うなずくしかできなかった。
春馬さんはまっすぐ俺を見据えたまま続ける。
「きのう、会った瞬間から帰るまで、ずっと可愛くて。これは好きになっちゃったなって思った。でも話したとおり、新しく恋愛を始めるつもりもないし、何より、高野くんは最も好きになっちゃダメな人だし」
「なんでですか?」
「生徒なんか好きになっちゃったら、距離取らなくちゃいけなくなるでしょ? 教師だもん。だから、絶対に離れたくない君だけは、好きになっちゃいけなかった」
俺は、半歩前に出て、春馬さんに近寄った。
「でも俺も、春馬さんのこと好きです。だから、会いたいっていっぱい言ってくれて、うれしかったですよ。そういう気持ちって、子供だとなかったことになるんですか?」
春馬さんは少し黙ったあと、テーブルの方へ顔を向けた。
「……先に注文しようか」
うん、そうだ。
一旦頭を冷やそう。
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