16 / 69

2-9

 気もそぞろに働いて、終わったらソッコー電車に乗って、新宿に向かった。  2日連続で春馬さんなんてぜいたくだけど、きょうで人生最後かも知れないから、かみしめないといけない。  本当にきょうで終わりなら、最後に思い出みたいな感じで、ちょっと抱きしめてもらうくらいはできるだろうか。  ……いや、関係を終わらせることなく、永くいい友達のままでいられるように。  これがきょうの趣旨だ。  きょうをミスったらもう未来はないと思うので、変な下心は封印しよう。  改札を出ると、春馬さんが壁にもたれて待っていた。  きのうあげたマスク、使ってくれてる。  そんなささいなことでうれしくなってしまうのだから、自分はバカだ。 「お疲れさま」 「すいません、待たせちゃって」 「ううん、いま来たところだから」  真正面に立ち、ほんのちょっと見上げる。  眼鏡の奥の黒い瞳に吸い込まれそうになって、それだけで心臓がドキドキと鳴った。 「個室のお店、予約したんだ」 「え、わざわざ? ありがとうございます」 「待ちたくないし、人に聞かれたくないし」  そう言って、ふいっと出口の方へ向く。  元々、顔にも声にも表情がない人だ。  何を考えているのか、さっぱり読み取れない。  でも、拒否されている感じはなかったから、とりあえずそれだけでもよろこぶべきかと思う。  駅から5分ほど歩いたところにある、こじゃれた創作和食のお店。  言葉数少なに向かい、名前を告げて部屋に通してもらって、ドアが閉まった瞬間。  マスクを外した春馬さんは、俺の頭をするっとなでた。 「色々決意してきたはずなのに、顔を見たら一瞬で全部消しとんじゃった」  真顔のまま、すっと目を細める。  俺は、驚きのあまりフリーズした。  頭なでられた……。  マジか。  え? マジっすか……。  どう反応するのが正解なのか分からなくて固まっていると、春馬さんは、はっと気づいたように息を飲んだあと、ちょっと目をそらしながらリュックをおろした。 「ごめん」 「いや、謝ることなくて、全然……」  ボディバッグを荷物カゴへ。  マスクも適当にねじこんで。  たぶんこれで、顔が赤いのはバレバレだ。 「元々教師失格だけど、大人として絶対ダメなこと言うね?」 「はい」 「好き。友達は超えて」  ぎこちなく、うなずくしかできなかった。  春馬さんはまっすぐ俺を見据えたまま続ける。 「きのう、会った瞬間から帰るまで、ずっと可愛くて。これは好きになっちゃったなって思った。でも話したとおり、新しく恋愛を始めるつもりもないし、何より、高野くんは最も好きになっちゃダメな人だし」 「なんでですか?」 「生徒なんか好きになっちゃったら、距離取らなくちゃいけなくなるでしょ? 教師だもん。だから、絶対に離れたくない君だけは、好きになっちゃいけなかった」  俺は、半歩前に出て、春馬さんに近寄った。 「でも俺も、春馬さんのこと好きです。だから、会いたいっていっぱい言ってくれて、うれしかったですよ。そういう気持ちって、子供だとなかったことになるんですか?」  春馬さんは少し黙ったあと、テーブルの方へ顔を向けた。 「……先に注文しようか」  うん、そうだ。  一旦頭を冷やそう。

ともだちにシェアしよう!