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翌日の4限目。
チャイムが鳴る2分ほど前に、川上先生が教室に入ってきた。
俺の席は、教室の真ん中の1番後ろ。
なので、ロッカーのあたりに固まって話す女子たちの声が聞こえる。
「あ、来た来た」
「んー……まあ、典型的な塩顔だね」
「あっ、分かった。髪型補正なしダサ眼鏡オンの佐々木海斗とオーラゼロの遠山礼央を足して2で割ったみたいな」
「何それ、ほめてんのかけなしてんのか分かんない」
「ほめてるほめてる」
どいつもこいつも好き勝手言いやがって……と、内心悪態をつきつつ、教科書とノートを出す。
チャイムが鳴ると、先生はぐるっと教室を見回した。
「今日は班になって話し合ってもらいます。いまから説明しますので、よく聞いていてください」
うわ……あんまり気が進まないやつ。
先生のことがあんまり見らんないし。
そうは思いつつ、授業態度が悪かったら悲しいだろうなと思ったので、にこにこしながら机をくっつけた。
教師の顔を値踏みする、悪趣味な女子と。
「高野、仕切ってー」
「えー? 俺あんま分かってないからむしろ教えてよ」
適当にあしらいつつ、ちらちらと先生の様子をうかがう。
15分ほど経ったところで、先生が、各班をぐるぐる回りながら、アドバイスを始めた。
どんな意見が出ているのか、自然とまとめ用のプリントを覗き込むことになるわけで……距離が近い。
おい、そこの女子。さりげなく横顔ガン見すんな。
ぷりぷり怒りながらも、先生が来るまでにある程度形にしておきたいので、教科書とにらめっこしながらプリントと戦う。
そして、こっちにも先生が来た。
「まとまりましたか?」
「ここだけ埋まってないですー」
女子が言うと、先生はわざわざぐるっと回って俺の真後ろに立ち、隣の男子との間から腕をにゅっと伸ばして、プリントをトンと指差した。
本気でびっくりした。バックハグされるのかと思った。そんなわけないけど。
でも、肩のあたりにちょっと体が当たってる。
「2のところでちゃんとヒントになる意見が出せているので、これを膨らませて考えてみてください」
抑揚ゼロの話し方。真顔。
すっと体を引き、そのまま次の班へ行ってしまった。
ドキドキしっぱなしで固まっていたら、目の前の女子ふたりが、にやにやしながら言った。
「うん、遠山礼央に1票」
「あたしも」
は? ふざけんな、あんなチャラチャラした俳優と一緒にすんな。
と、内心本気で怒りつつ、『ノリの良い高野』がぱっと話に乗る。
「何の話?」
「川上先生って誰かに似てるよねって」
「えー? 遠山礼央なんて雰囲気全然違くない?」
「性格とか抜きに、顔だけ見てみなよ」
教壇に戻った川上先生を、じっと見る。
「いや? 分かんない。普通の人」
「まあそりゃ、一般人だし本物の俳優さんとは違うけどさあ」
絶対に普通の人だと強調して、無駄話は終了。
なんやかんやでプリントもうまいことまとまったので、他の人が出しに行ってくれた。
「きょうの宿題は、話し合ったことを図にしてノートに書いてきてください。簡単でかまいませんし、インターネットを参考にしてもいいことにします。その場合は、どのサイトを見たのかを端に書いておいてください」
怒ったりドキドキしたり、心臓に悪い授業だった。
ため息をつきながら机を戻していると、チャイムが鳴った。
と同時に、女子たちが突然教壇に向かってダッシュ。
「川上先生ー、いま時間ありますかー?」
「少しなら。質問?」
「質問っていうかー、先生って、髪型とか気にしない派ですか?」
聞き捨てならない会話が耳に入り、ばっと顔を上げる。
先生は、真顔のまま首をかしげていて、さりげなく近寄ってみると、遠慮がちに答えているのが聞こえた。
「ええと。邪魔でなければいいかなと思ってるけど……」
生徒に世間話を振られることなんて、滅多にないのだろう。明らかに戸惑っている。
女子のひとりが、後ろ手に持っていたものを取り出して、にひひと笑った。
「先生改造計画していいですか?」
「改造……?」
「髪、やりましょう!」
手にしているのは、ヘアワックス。
こいつ正気か!? とブチギレながら女子の中に割って入る。
「あーあーあー、女子生徒が先生の頭に触るとか逆セクハラだと思うんですけどー! ねえ、先生? コンプライアンス的にヤバいですよね?」
「あ、うん……そうだね。まずいかな」
真顔、だけどちょっとほっとしているのが俺には分かる。
「じゃあ高野がやってよ」
「はあ?」
「はい、遠山礼央。これにして」
スマホをずいっと目の前に出される。
「無茶言わないでよ」
「いいじゃん。ねー先生? ほら、冠婚葬祭の時とかのために、髪の毛のやり方知っといた方がいいですよ!」
「……そういうものかな?」
真に受けたらしい先生が、俺に聞いてくる。
くそ、不可避だ。
「もー、分かったよ。先生がいいならやりますけど、いいですか?」
「じゃあ、お願いします」
なんだよこの展開っ。
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