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 夜、眠りにつく前。布団の中。  俺は思いきって、春馬さんに相談してみることにした。 「あのさ。ちょっと、相談乗ってくれない?」 「もちろん。どんなこと?」  ちょっと心配そうな目。  まじめに考えてくれようとしているというのに、きゅんとしてしまう。 「友達が、俺の姉ちゃんのこと好きなんだよね。で、土曜日にふたりで話するんだって」 「話すというのは、告白?」 「多分。はっきり聞いたわけじゃないけど、まず姉ちゃんから『呼び出されたんだけど何したの?』って聞かれて、その後本人からも、次の休みに話すって」  春馬さんは、ぱちぱちとまばたきをする。 「何したの、というのは?」 「いや、なんか俺がやらかしたのを友達が困ってて、仕方なく自分に相談しにくるみたいな感じで思ってるみたい」 「お姉さんとお友達は仲良いんだ?」 「うん。俺が小学校の時から……」  と言いかけて、思案する。  お友達、も何も、普通に春馬さんも知ってる教え子だ。  恭平ですって言えば、「ああ」ってなって話は早いんだけど……。 「川上先生も知ってる奴だよ」 「なるほどね」  特に驚きもしないので、まあ、当たり前か。  名前は伏せたまま、話を続ける。 「別に、俺は反対でもなんでもないんだよ。でも友達は、俺に気遣って諦めなきゃみたいなこと言ってたり。でも俺が気にしてないって言ったらうれしそうにはしてたから、本音は諦めたくないんだと思うんだけど」 「お姉さんはなんて?」 「さあ? 予想もしてないだろうし、友達曰く、『全然意識されてないから、統がなんかしたと思ったんだと思う』って」 「それはどうかな」  春馬さんは即座にそう言って、俺の話をさえぎった。 「お姉さんがみいに聞いたの、逆だと思うよ。告白されるのかもって思って、でも弟の話かも知れないから、どっちなのか確かめたんじゃないかな」 「あ……」  その線は全然考えていなかった。  というか多分、恭平も気付いてない。 「姉ちゃんも、心の準備が必要な感じってこと?」 「うん。それが、まんざらでもないからなのか、全然興味がないから断るための準備なのかは、僕には分からないけどね」 「なるほど……」  考え込んでしまった。  ちょっとだけ春馬さんの方に詰めて、体をぴったりくっつける。  春馬さんは、猫か何かにするみたいに、優しくなでてくれた。 「応援とか、励ますとか、した方がいい?」 「自然にしてたらいいと思う」 「姉ちゃんに対しても?」 「そうだね」 「じゃあ、ふたりが本当に付き合ったら?」  春馬さんは、俺の耳をかぷっと甘噛みした。 「うらやましい」 「えっ?」  ぱっと顔を上げて彼の目を見たら、当たり前に無表情だった。 「うらやましいっていうのは……」 「何年も前から友達で、良い子で。お付き合いすることになったら、ご家族みんな、歓迎するんじゃない?」 「どうだろ。分かんないけど」  目をつぶって想像すると、はしゃぐ母と、見たことない乙女の顔をした姉と、さわやかな恭平が見える。  それは確かに、俺たちと真逆のように思えた。  春馬さんは、コホンと咳払いをして話を戻す。 「みいは何もしなくていいし、何も考えなくていいよ。付き合ったら喜んで、ダメだったらなぐさめて。ね?」 「うん。分かった」  単純な話だった。  それでも、自分ひとりじゃ出せない答えで、春馬さんがそっと守るみたいにしてくれるから、安心していられる。 「聞いてくれてありがと。そろそろ寝ようかな」  布団をかぶり直すと、ふいに、先日読ませてもらった『先生だって恋に落ちる』という漫画を思い出した。  このタイトルの意味は、物語の中盤、両思いになるところで、攻めが苦笑いをしながらこう言うのだ。 ――猿も木から落ちるくらいだからな。先生もうっかり、恋に落ちたりするんだよ。 「あー、あれすごい萌えたなあ」 「何が?」 「まさき先生の新作のセリフを、しみじみと思い出してた。超尊かったな、みたいな」 「そういうの言って欲しいの?」  まじめな顔をして聞いてくるので、ちょっと笑ってしまった。 「ないない。ああいうのは漫画だからキュンとするものだし」  春馬さんは、その真顔でちょこっと俺のことをほめてくれたら、それだけで尊いんだから。  機嫌よく鎖骨のあたりに頬をすりよせると、春馬さんは俺の髪に軽く手を差し入れた。 「でもまあ、『先生だって恋に落ちる』ってタイトル、僕自身は結構共感しちゃうけどね」 「そうなの?」  顔を上げると、春馬さんは真顔でこくっとうなずいた。 「先生だって恋に落ちるし……大人でいられない時もある」 「ん? どういう意味?」  春馬さんはベッドに片ひじをついて半身を起こし、そっと触れるくらいのキスをしてきた。 「他人の幸せがうらやましくなっちゃうような、コドモになったりするんだよ。恋に落ちるとね」 「そっか」  それはそれでいいな、と思う。  取り繕うことなく気持ちをむき出しにしてくれているのだとしたら、うれしい。  好きだな、と思っていたら、あったかさでうとうとしてきた。 「電気消すよ?」 「うん……おやすみ……」  春馬さんの声は、眠気を誘う。  心地よくまどろんで、目を閉じた、その時。 「部屋着、似合っててよかった」  萌えながら寝るとか、そんなことあるんだな……と思う。

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