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 文化祭が終わり、学校は完全に通常運転に戻った。  理系に進むと宣言したので、いままで以上に理数科目に力を入れ、特に生物に関してはめちゃくちゃ気合いを入れて……残り少ない川上先生の白衣姿を摂取している。  白衣でエッチなどしてしまったから、もうふしだらな目でしか見らんないけど、それはそれで。  勉学にさえ真剣に励めていれば、頭の中でエロいことを考えていても問題にはならない……はず。  新しい単語が出てきてうなったり、振り向いた瞬間の川上先生の横顔に萌えたり、忙しい。  そして、教室の端の恭平をチラッと見る。  あした、姉と話すはずだ。  打ち上げ以来、恭平とふたりで何かじっくり話すような機会は持てなかった。  基本的に部活で忙しいから、仕方ない。  それに、春馬さんも『自然にしていればいい』と言っていたから、無駄に励ましたりする必要もないかな、と思う。  しかし、気になるものは気になるようで。  授業が終わり、チラッと恭平を見たら、偶然なのかなんなのか、バッチリ目が合った。  いや、偶然なわけないか。  恭平は、苦笑いに近いような感じで肩をすくめ、小さく手を振った。  その瞬間、廊下を川上先生が通り抜けた。  先生はそしらぬ顔はしていたけど、まあ、あの話が誰だったのかは理解しただろう。  翌日、土曜日。  昼からバイトだったので、心頭滅却すれば火もまた涼し、みたいな感じで、何も考えないよう一心不乱に働いた。  おかげで店長から、『時給1.5倍にしたいくらいだけど無理でごめんね』と、ミラクル褒められたので、良い日だ。  時刻は19:00。  帰って、ご飯食べて、姉にちょろっと聞いてみるか、それとも先に恭平に電話してみた方がいいか。  いくら自然にとはいえ、何も言わないのは薄情すぎるしな。  なんて思いながら帰ったら、玄関ドアを開けてすぐ、仰天した。  既視感のあるでかいスニーカーが、綺麗に揃えて置いてある。  そして、姉と母の、ぎゃーぎゃーわめく声。  嫌な予感のままばたばたとリビングに駆け込むと、案の定、ダイニングテーブルを挟んで姉と母がやりあっており、その横で恭平が、こめかみを押さえてうつむいていた。 「え、いや。おい! ただいまっ!」  とりあえず、やけくそ気味に、でかい声であいさつしてみる。  すると女衆の動きが止まり、3人の目がこちらに向いた。  そして、姉が嘆く。 「ちょっと統! お母さん説得して!」 「何が?」 「恭ちゃんと付き合うって言ったら、アンタなんかにもったいないとか言って暴れ出した」 「暴れてないわよ! 未来ある恭ちゃんのためにアンタはすっこんでなさいって言ってんの!」 「あの、俺が楓さんに好きって言ったんで……」 「ダメよ、恭ちゃん。悪いこと言わないからやめときなさい」  ……なんだこのカオス。  とりあえず恭平の二の腕のあたりの服を掴んで、部屋の隅へ誘導する。 「何がどうなってんの?」 「いや……玉砕覚悟で好きだって言ったら、楓さんめっちゃ喜んでくれて、付き合うことになってさ。で、元々家族ぐるみみたいなもんだし、勢いで家にあいさつみたいなノリになって来たら、まさかのおばさんが大反対……しかも俺に、っていう」  どうせその『勢いで』『ノリで』の犯人は、姉だ。  ほんと、なんであんなのがいいんだ……と、申し訳ない気持ちになる。 「いや。それは、本当に。うちの母娘(ははこ)がご迷惑をおかけしまして申し訳ございません」  素直に頭を下げると、恭平は頭を掻いた。 「どうしたらいい?」 「いや、まあ、俺が母さんを黙らせるしかないでしょ。ちょっと待ってて」  恭平を少し離れたソファに座らせ、ふたりの間に割って入る。 「あのー……母さん。あのさ。恭平がいいって言ってんだから良くない?」 「いや、だって……恭ちゃんだったらうちのこんなのよりよっぽどおしとやかで可愛い子と付き合えるだろうし、正田(しょうだ)さんの奥さんにも申し訳ないわよ。散々見てるでしょ、楓の蛮行」 「蛮行って何!? もうやめたんだからいいでしょ!」 「あー……、おばさん。うちの母は大丈夫ですよ。楓ちゃん大人っぽくなったって褒めてましたから」  恭平がソファから声をかけると、母は、ふうっとため息をついて腕組みをした。  おさまりそうもない。  そして、なんか、未来が見えた。  もし万が一俺が春馬さんを連れてきたら、母は俺に反対するんじゃなくて、本気で春馬さんを心配するだろう。  こんなイケメンもったいないとか、優しそうでとか、こんな子供でいいんですかとか……男云々は問題にならなそうな気がしてきた。  ならば。 「恭平とか恭平のおばさんの気持ちとかは、母さんが決めることじゃないじゃん。俺なんてアレだよ。付き合ってる人、男だからね、しかも俺のために転職するっつってるし。超もったいないよね」 「は!?」 「え!?」 「いっ!?」  特大爆弾発言に、3人の視線が集まる。  いつもありがとな、恭平。  こんな時に人柱になるくらいしか、お前に恩返しできないよ。  そう心の中でつぶやきつつ、話を続ける。 「そういうわけで、姉ちゃんに恭平がもったいない問題は、無効です。俺の付き合ってる人の方が、代々木上原の高級マンション持ち公務員の優しいイケメンで、超もったいないから。おわり」  母が頭を抱える。そして一言。 「恭ちゃん……うっとうしかったらいつでも返品してね」  はー、すっきり片付いた。

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