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気付いたら、ちゃんと布団がかかっていた。
服は……着ていない。
ちょっと首を傾けて横を見ると、同じ布団に入った裸の春馬さんが、穏やかな顔でこちらを見ていた。
「大丈夫? ごめんね、本当に飛ばしちゃった」
「ううん。多分、めちゃくちゃ気持ち良かったんだと思う」
ちょこっと体を寄せると、春馬さんは苦笑いで俺の頭をなでた。
「苦しいとか、どこか痛いとかない?」
「平気。それよりも、春馬さんがそんな風に我を忘れてセックスしてくれるなんて、うれしい」
「面目ないです」
時計を見る。時刻は23:45。
春馬さんはのそっと起き上がり、床に散らばった服を集めて着た。
「日付回っちゃったらどうしようかと思った。プレゼント、誕生日当日に渡したかったから」
パソコンデスクに向かい、横に置いた通勤カバンを探る。
俺も服を着ようと思って体を起こしたら、想像以上にあちこち痛くて、ちょっと笑いそうになってしまった。
なんとかパンツだけ履いたところで、春馬さんが戻ってくる。
再びベッドに乗ってきて、俺の正面に座ると、手に持っていたものを渡してくれた。
「はい、これ。誕生日おめでとう」
「ありがとう。なんだろ」
手のひらサイズの薄い箱。
どうぞと言われたので開けると、定期入れだった。
キャメル色の革。やわらかな感触で、手になじむ。
「かっこいい。大人っぽい。ありがと、すごいうれしい」
抱きつこうとしたら、春馬さんはふふっと笑った。
「喜ぶのはまだ早いよ。中に何か入ってるから、見てみて?」
表面の大きく穴が空いた部分には、何も入っていない。
あと2段、差し込む場所がある。
1番上のところに、緑色のカードがちょこっと顔を出していた。
抜き取ってみると、既視感のある……。
「これ、カードキー?」
「そう。うちの鍵。あげる」
合鍵。
俺は萌え死んだ。
無言のまま、ぼふっと横に倒れる。
春馬さんは慌てて「大丈夫?」と顔を覗き込もうとしてきたけど、俺は思いっきり枕に顔を押し付けた。
やばいやばいやばいっ。
合鍵をもらってしまった。彼の、『終 の住処 』の。
絶対顔が赤いので、見せるわけにはいかない。
しかし春馬さんは、なかなかの力で俺の肩をぐっと引きはがし、無理やり仰向けにさせた。
「恥ずかしかったの?」
「う、うれしくて……なんか、超恋人っぽい」
「可愛い。喜んでくれて良かった」
目を細めて、俺の頭を何度もなでる。
聞けば、きょう来るのを18:00以降にしてくれとして言ったのは、このカードキーを大家さんから受け取れるのが、きょうの夕方と言われていたかららしい。
カードキーは普通の合鍵屋さんでは作れないうえに、2週間以上かかったそうで、ギリギリになってしまったと言っていた。
「いつでも来てね。勝手に入っていいし」
「いや、勝手に入るのはまずいでしょ。いくら恋人とはいえ……」
「ううん。他人に勝手に入られたら嫌だけど、みいには、ここは自分の家だと思って欲しいな。好きなもの持ってきて置いていいよ。あと、僕が何かあったときのためにいまから説明するから、ついてきて」
引き出しやら戸棚やら、あちこち開けながら、物のあり方を説明していく。
「ここに銀行印と通帳がまとめてあるから、いざというときはよろしくね」
「え? いざって?」
「あと、こっちが保険証券と家の権利関係の書類。その下に年金手帳と……」
ガスの元栓の閉め方まで教わったところで、俺は春馬さんに質問を投げかけた。
「あの、このやりとりなんか既視感あるなって思ったら……『君と体温』の半同棲のくだりだよね?」
「あはは。いつ気づくかなって思って、楽しくなっちゃった」
春馬さんと会うことになったきっかけの、サイン本だ。
懐かしい。俺にとっては、大事な作品だ。
「みいとは、家族になりたいと思ってる。一般的な形とは違うけど、結婚に縛られないからこそ、17歳の君ともパートナーとして生きていけると思ってるよ。年齢は関係ない」
「んー……もー……春馬さん、好き。やばい」
今度こそ抱きついたら、強めに抱きしめてくれた。
ザ・幸せ。
春馬さんの日常に溶け込んでいく感じが。
それに、形にこだわらなくていいというのも、春馬さんらしい。
2年生に上がって初めての授業の日、川上先生はこんな話をした。
――生物を学ぶことは、多様性を学ぶことです。世界でたったひとりの自分が、ありのままでいいのだと確認するための学問。それが生物です。
眠たい声の先生だなと思いながら、なんとなく、この言葉だけはすーっと心に染みていったのだ。
「あのさ。寝るときは、手繋いで寝ようね。おっさんになっても」
「そうだね。いつかは……毎日手を繋いで眠れるようになるといいけど」
真顔。なのに照れている。
まったく、尊い攻めだ。
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