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6-12
師走とはよく言ったもので、文字通り、川上先生及び春馬さんは、駆け回るように忙しい日々を送っている。
テストの返却が行われたのは、12月第2週の火曜日。
全科目で一番遅くて、正直、めちゃくちゃやきもきしていた。
「テストを返しますので、名前順に並んでください」
他の科目はぐーんと点が上がって、2学期の成績はかなり上がりそう。
でも、俺の目的はそこじゃない。
川上先生の最後の問題、これで満点をとれるかどうか。
それだけだった。
「高野くん」
「はい」
ど緊張。手汗がすごい。
相変わらず川上先生は無表情で、普通にぺらっと渡してきた。
――92点
満点は取れなかった。
川上先生と付き合う前のテストが54点だったことを考えれば、大躍進だ。
親は赤飯を炊くかも知れない。
でも、そうじゃない。
若干震えつつ机に戻り、問題用紙と照らし合わせた。
すると。
「……生物は満点だ」
じわじわと、表情がほどけていく。
そして思わず大声を出してしまった。
「やったー!」
「お!? どうした少年!」
超お世話になった歩美がぱたぱたとやってきた。
「お、92? すごいすごい」
「いや、そうじゃなくて……生物満点だった……」
歩美は答案を手に取り、ふんふんと見比べる。
「すごいじゃん。高野、頑張ってたもんねえ。間違えたのは……ああ、物理の計算の凡ミスがもったいなかったなあ」
「まあ、そんなことはいいんだ。生物が取れたから」
「夢に1歩近づいたね」
そうだ。希望の進路にも近づいた。
早く春馬さんに電話したい。
彼はなんと言ってくれるだろう。
喜んでくれるか。どんな気持ちで採点していたのか。
全員配り終えた川上先生は、黒板の左上にコンコンとチョークで書きながら言った。
「今回は、最高得点が同率1位で……」
その日の晩、電話がかかってくるなり、開口一番に喜び大爆発で言った。
「はるまさーん! 人生初・最高得点とりました!」
「ふふ、おめでとう。ふたりとも、頑張って勉強してたんだもんね?」
「そう、マジで歩美のおかげ」
学年最高得点を取ったのは、同率1位で92点をたたき出した、高野統と片瀬歩美だった。
いや、もちろん名前は発表されていない。
ただ、無理やり歩美のを見せてもらったら、俺と同じく92と書いてあっただけなんだけど、春馬さんが『ふたりとも』と言ったので、確定した。
本当に、師匠に追いついたのは光栄極まりない。
「川上先生の最後の問題、ちゃんと解けたよ。クリアファイルに挟んで、一生大事に取っとく」
「あきと、りく、なんて意地悪な文字列が並んでいるのに?」
「それも含めて思い出じゃん」
カレンダーを見た。
終業式、要するに、川上先生の退職までジャスト2週間。
彼は目まぐるしく働くのだろう。
「ねえ、先生の効力がなくなるのっていつ? やっぱ月末締めなの?」
「うーん、一応契約書類上は12月31日付で退職ということになっているけど、まあ、実質終業式でいいんじゃないかなと思ってる」
終業式の日、川上先生が校門を出たら、晴れて俺たちはただのカップルだ。
「寂しい? 待ち遠しい?」
「いまは待ち遠しいかな。テストを作っているときはちょっとセンチメンタルな気持ちになったりもしたけど……いまは、みいと後ろめたいことなくお付き合いできる日がくるのが、楽しみ」
俺も、すっごくすっごく、楽しみだ。
本当の人生が始まる感じがして。
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