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第1話 ライラック
別にゲイでもなんでもない。
普通に女の子が好きだし、ちょっと前に別れたけど彼女だっていた。
きっかけは、学生の頃。
姉貴が放置していたファッション雑誌を何気なく見ていた時、一枚の写真に、雷に打たれたかのようなビリビリした衝撃を受けたんだ。
白い、ウェディングドレスで。
立体的なのに、なめらかで儚げなラインが凄くキレイで。
自分は着たいとは思わないけど、そのドレスが宝石みたいに見えたんだ。
そんな可憐なドレスを作ったのが、カール・ラガーフェルドってオジサンだったことに、さらに雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
すごいな....着てる女の子まで、キラキラしてる。
こんな宝石みたいなドレスを扱える仕事に携われたら、って思って現在に至る。
「結也、鈴木様のドレス合わせ、ちょっと見てもらえる?」
「はい」
そう、僕は、ウェディングプランナーをしている。
宝石みたいなドレスに年がら年中携われるといったら、この職業は僕の天職に近い。
じゃあ、デザイナーでも良かったんじゃないかって?
いやいや。
作るのはいやなんだ。
絵、ヘタだし。
そんな発想力もないし。
キラキラしたドレスに袖を通した時のお客様のキラキラした顔を見るのか好きだし、なにより一つ一つ違うドレスを見てるだけで、本当、十分なんだ。
これだから、彼女とも別れてしまった。
あの、お決まりの台詞。
「私とドレスどっちが大事?!」って言われて、「ドレスを着た君」って答えた。
僕的には100点満点の答えだったのに、「なんでミックスしちゃうのよ!!」って、怒っちゃって、彼女とはそれっきり。
少しして、その彼女から「変態ドレス野郎」ってラインが届いた時は、地味にショックで、二、三日、熱が出て立ち直れなかったんだ。
別にドレス着てうっとりしてるわけじゃないのに......眺めてうっとりしてるだけなのに。
なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ.....泣
だから.......僕はしばらく、恋愛は遠慮している。
試着室に向かうと、プリンセスラインの黄色いドレスを着た女性が少し不機嫌そうに佇んでいた。
ディズニーのお姫様みたいで、かわいいのに。
「鈴木様のお相手のお母様が、黄色のドレスをゴリ押しされてて.......お気に召されたドレスがなくて、ちょっとご機嫌を損ねてらっしゃってるの」
僕の耳元で、チーフが囁いた。
あぁ、黄色ね。
まぁ、好き嫌いが分かれる色だし。
.........それなら、あれ、いいかも。
僕は、先日届いた新作の黄色のドレスを思い出した。
「鈴木様、こちらをご試着してみられませんか?」
「結也のおかげで助かった~。ありがとう」
「とんでもないです。お役に立てて良かった」
「しかし、よく思い出したね。あのドレス」
「はい。あのドレスをデザインしたデザイナーのドレス、最近どのお客様にも好評なんで、ひょっとしたらって思って」
僕が不機嫌な鈴木様に渡したドレスは、薄い黄色のオーガンジーが幾重にも重なったAラインのドレスだった。
ワンショルダーのデザインが華奢で、派手なイメージの黄色なのに、マイルドな印象を与えるから。
きっと、気にいると思ったんだ。
案の定、そのドレスに袖を通した鈴木様はとたんにニコニコしだして.......。
ほら、ね。
いいドレスは、キラキラしたいい顔を引き出すんだ。
鈴木様は、きっとステキな花嫁になる。
絶対。
最近、お客様に〝小糸真世〟が手掛けたドレスが人気だ。
というのも、だいたい僕がさりげなくゴリ押ししているからで、それにお客様がちょうどのっかってくれるからで。
だって。
この人の作るドレスは、僕が雷のような衝撃を受けたラガーフェルドのドレスに一番近いんだ。
オススメしないわけにはいかないんだよ。
「〝小糸真世〟......男性?女性?」
チーフは眉間にしわを寄せて首を傾げた。
「男性のデザイナーです。洗練されたいいデザインをされるんですよね。最近はインターネット限定ですけど、メンズラインも手掛けてるんですよ」
「.........その人さ、今度のブライダルイベントのメインにしよう!!」
「いいですね」
「じゃ、結也。アポ取りから交渉までお願い!!」
「えっ!?ちょっ...ちょっと、チーフ!!」
「あとよろ~」
あとよろって、いつの言葉だよ.......。
チーフは僕に謎の言葉を残して、次のお客様の元に去っていった。
マジかな......今度のイベント、本当に小糸真世でいいのかな......。
いいんだったら、僕、かなり.....いや.....俄然、頑張っちゃうんだけど。
っていうか、一度でいいからアトリエを見てみたい。
ドレスがどんな風にできるか見てみたい。
そして、あんなステキなドレスを作る小糸真世に会ってみたい.......。
ほとんど私欲丸出しなんだけど。
僕は、はやる気持ちを抑えて、事務所に向かったんだ。
アポをとったまではよかった。
つい私欲が優ってしまって「アトリエが見たいんです!」って、言ってしまったばっかりに。
僕は、人里離れた山奥に来てしまった。
何時間って車を走らせて。
朝6時に家を出発して、小糸真世のアトリエに着いたのが13時過ぎ。
まさかこんなトコにアトリエがあるなんて思わなくて、僕は疲弊して、少し後悔した。
都会のど真ん中じゃ、なかったんだ.....アトリエって。
でも、その後悔はすぐ打ち消されたんだ。
疲れなんて、吹っ飛ぶぐらいの.......。
........すごい....なんなんだ、ここ。
あれみたい、絵本作家のターシャ・テューダーの家みたいな。
山奥の先のひらけたところに白い家がポツンと建っていて、その周りに色んな色の花が咲いていて.......。
日本の山奥にこんなとこあったんだなぁ。
僕は車から降りてしばらく、その風景に見入ってしまったんだ。
なんか........癒される。
「幸田さん......ですか?」
建物の方から急に名前を呼ばれて、僕はビックリして振り返った。
スラッとしていてモデルみたいにカッコいい人が、優しい笑顔で僕を見ている。
ひょっとして、この人.......。
「小.....糸......先生、ですか?」
その瞬間、僕の手のひらは汗ばんで冷たくなって。
予想以上の小糸真世に、緊張してしまったんだ。
「遠かったでしょ?こんなトコまで、ごめんね」
「いや......僕がワガママ言って押しかけてしまったんで!.......お忙しいのに、すみません」
想像以上の容姿をした小糸真世は、僕にすごく親切で、さらにオシャレなことにハーブティーまで淹れてくれた。
「イベントの企画を持ち込んでくる方は多いんですけど、アトリエを見たいって言ったのは、幸田さん、あなたが初めてです」
「実を言うと、僕。小糸先生のファンなんです。メンズラインの服も好きですし、なにより!......先生のドレス......宝石みたいにキラキラしてて、すごく好きで.......あっ!着たいとかそんな趣味はないです!!お客様が......お客様が先生のドレスに袖を通すと、本当に、本当に嬉しそうな顔をするんです。だから、あんなステキなドレスがどうやってできるのか気になっちゃって.......」
緊張して、それを誤魔化すように、僕は非常に饒舌にしゃべっている........。
変なヤツに思われてないだろうか?
そんな変なヤツスレスレの僕に、小糸先生は優しく微笑んだ。
「幸田さんが俺が作ったドレスが好きだって、よく分かりました。ありがとうございます」
あ......この人は、あくまでも紳士なんだ。
僕みたいなヤツにも、優しくて洗練されてる。
僕は急に身の置き所に困って、先生が淹れてくれたハーブティをがぶ飲みしてしまった。
「あ、美味しい.......」
「俺のオリジナルブレンドハーブティーなんです。ストレス解消というか。さっき幸田さんが見入ってた庭にたくさんハーブも自生してるんですよ」
「すごいなぁ......先生はなんでも器用にこなされるんですね」
ハーブティーの香りで僕は次第に心が落ち着いてきて、さらに体が少しあったまったような感じがして......ホッとする。
「幸田さん、アトリエにご案内します」
先生はそういうと、まるで王子様がお姫様の手をとるような所作で、僕の右手を軽く握った。
初めてみた、デザイナーのアトリエ。
色とりどりのオーガンジーやレースが並んでいて。
薄紫色の布を纏った洋裁用のボディがあって。
こうやって、あんな、宝石みたいなドレスができるんだって思うと胸が高鳴って、なんだか鼓動まで速くなる。
「お一人で作業されているんですか?」
「はい。オリジナルができたら、別な工房に運んで仕上げをするんです」
「へぇ.....すごいなぁ......先生、このドレス新作ですか?」
僕は薄紫色の布を纏った洋裁用のボディに目を向けた。
「ライラック......リラの花をイメージして製作中なんです」
「.......キレ....イ........!!」
僕の足の力が急に抜けて、僕は倒れそうになってしまった。
あまりにも急すぎて、マジで尻もちをつきそうになった時、先生に体を支えられて.......。
先生は、軽々と僕を抱き上げたんだ。
ビックリして.......。
ビックリしたんだけど、体の力が入らないし、なんだか体が熱くなってきて、さらに息まで上がってくる。
思わず、先生に体を預けてしまった。
..........な、なにが、僕に、おこってるんだろう。
「せ......せんせ.......」
先生は僕に向かってにっこり笑うと、僕を抱きかかえたまま、奥の部屋に進んでいく。
そして、僕を広いベッドの上に優しく寝かせると、.......信じられないことに、僕に唇を重ねてきたんだ。
さらに.......信じられないことに、僕は抵抗するどころか、先生が絡ます舌に感じて、反応して......積極的に舌を絡ましている........。
うわぁ!!どうしたんだ、僕!!
どうしたんだ、先生!!
気持ちは激しく動揺しているのに、体が言うことをきかない。
「ごめんね、幸田.......結也さん。あまりにも君が俺のタイプだったから、ハーブティーに細工をしてしまったんだ」
!!......えーっ!?細工って!!
それにタイプって、どう言うこと?!
「電話から聞こえる君の声も、生で聞く君の声も。ここのどの花にも負けない艶やかな容姿も、俺が作るドレスよりも。結也.......君が一番、この世で綺麗だ」
........これは、夢なんじゃないだろうか。
僕は今、憧れのデザイナーに愛の告白をされている。
僕は、僕はそんな趣味はない。
ないんだけど.....ないんだけど.......。
僕も、先生が好きだったり.......する。
だって、カッコいいじゃないか.......先生は。
「結也、好きだ」
「せんせ......僕も、すき」
「あ.....やぁ、だ」
もう、僕はどうなっちゃうんだろう。
先生が、上手すぎる。
深く絡めるキスもさることながら、僕の片方の胸をいじりながら、もう片方を舌や歯でもてあそんだり。
僕のを先生の口で気持ちよくさせたり。
僕の中に指を入れて、一番ヤバいところを弾いたり。
すでに先生にグズグズにされて、僕は情けない声で喘ぎまくってしまう。
体はグズグズで先生にとろけさせられまくっているのに、やたら、頭はクリアで。
先生がもたらす、すべての感覚を、すべて拾って身悶える。
「やだ?......やだじゃないでしょ、結也」
先生が僕を焦らすようにせめて、僕はたまらず体をビクつかせて、体をよじった。
「......!!......先生...や、....あ......」
「......結也、なんて顔するの?......俺、もう......我慢できないよ」
先生が僕の中から指を抜いて、すかさず、熱い感覚が僕の中にゆっくり、ゆっくり、入ってくる。
先生....の?
奥まで.....熱くて......深くまで.......これで動かれたら、僕........どうなってしまうか、わかんない。
「あぁっ!!.....や、動.....かな.....いで.....やぁ!」
先生が動いて、僕の奥を突き上げて、僕の奥にあたる度。
僕の目の前に星がちらついて........。
初めて経験することなのに、とてつもなく気持ちよくて........。
「.......結也...!!....キツい.....」
先生がそう言った瞬間、僕の中に熱いモノが広がる.....そして、溢れて。
僕のキャパは超えてしまっていて。
言うこと聞かない体も無理矢理動かして、先生に抱きついてしまったんだ。
そして、言ってしまった。
「先生.....好き.......もっと、してほしい」
気がついたら、あたりは真っ暗になっていて。
僕は思わず飛び起きた。
今......今、何時?!
「......あ?結也、起きた?」
先生が僕の腕に、その腕をからませながら言った。
「.......先生、僕。あの、今、何時?」
「今?.....20時」
「えーっ!?どうしよう......帰り着くの何時かな.....」
動揺してオロオロする僕の腕を、先生は急に引っ張って僕をベッドに引き戻す。
「今日はもう遅いから、泊まっててよ。結也」
「でも!!」
「何?俺のこと、嫌いになった?」
そういう先生の顔が、悲しそうで、捨てられた子犬にみえてしまって........反則だ。
先生、それ、反則だ。
「........嫌いなわけ、ないじゃないですか」
「じゃ、泊まってって?」
「.........ハイ」
僕の返事に、先生は満面の笑みを浮かべて、そして、僕に抱きついてキスをしてきたんだ。
あんなステキなドレスを作る人が、あんな宝石みたいなドレスを作る人が、こんな人だとは思わなかった。
カッコよくて、優しくて.......僕にデレデレで。
..........すごいな、僕。
あの、あの、小糸真世の恋人になっちゃったんだ。
人生、何があるかわかったもんじゃないな。
「今度のブライダルイベント、小糸真世先生、快諾してくださいました。あと、このイベントのために新作を発表してくださるそうです」
僕の言葉にチーフは目を見開いて、僕に抱きついてきた。
「でかした、結也!!そんなサプライズなんて、話題性バッチリじゃない!!」
「はい!!」
まさか、まさかね。
僕と小糸先生がそんな関係になったなんて、チーフは想像もしてないんだろうな。
そう思うと、少し、ニヤついてしまう。
あ、メール。
執務室の卓上にあるパソコンを除くと、先生から画像付きのメールが届いた。
あ、この間の、ライラックのドレス!!
出来たんだぁ。
プリンセスラインの裾に向かって花びらが誇るような、薄紫色のドレス.......本当に、宝石みたいだ。
〝結也へ
新しいドレス出来ました。
〝ライラック〟です。
ライラックの花言葉、知ってる?
〝愛の芽生え〟って、いうんだよ?
俺たち、みたいじゃない?〟
.......先生は、昼間っから、もう。
でも、またこれで、僕はニヤけてしまった。
先生のとこに行く、次の休みが楽しみで楽しみで、僕は仕方がないんだ。
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