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 中国のことも中国人のこともよく理解していて、孝弘が留学2年目で、将来は中国ビジネスに関わるつもりだと聞くと「これからも高橋と仲良くしてやって」と朗らかに笑っていた。 「高橋は当分、中国から出られないからな」 「安藤さん、それって脅しですか」 「いやいや、末永く中国に関わって欲しいっていう緒方課長の希望で」 「えー、それはちょっと遠慮したいかな」 「北京に来てまだ1カ月もたたないのに、なんだそれは」 「緒方課長には、とりあえず半年って言われたんですけど」 「俺もそう言われて、気づけば中国7年目だ。覚悟しとけよ」  安藤と高橋はビールを飲みながら、そんな掛け合いをしている。  上司と部下ってこんな感じなのか。孝弘のイメージする会社員とはすこし違っていた。 「上野くんはいつまで留学する予定なの?」 「一応3年をめどにしてます。とりあえずHSK10級が目標です」 「おお、それはすごい。取れたら連絡して。うちで専属契約しよう」  それでお墨付きが出たのか知らないが、予定通りきょうは二人で長城に出かけている。  途中でスーパーに寄ってパンと飲み物を買ってリュックに詰めた。  八達嶺とはちがって、慕田峪長城付近はかなり田舎でたいした店もない。食事に寄れるかタイミングがわからないから、ひとまず何かしら持っていくことにする。  市内から郊外への道は空いていて、風景はどんどん田舎のものに変わっていく。  舗装されていない道路に土ぼこりが舞い上がって、道の両側には背の高い街路樹が並び、馬車や荷車を曳いた牛が道路の端のほうをのんびり歩いている。 「市内からちょっと離れただけで、こんな風景なんだね」  いまだに馬車や牛車が使われているのに祐樹が驚く。  首都北京とはいっても、ほんの少し郊外に来るだけで、もう風景ががらりと変わる。 「うちの学校前の道路標識、馬車と自転車と車の絵が一緒にのってるよ」 「って、どういう意味?」 「馬車と自転車は外側、車は内側って意味の標識」  道路は内側が早いもの、外側が遅いものが通ると決まっている。ガードレールどころか、センターラインなどもないから、とにかく道路の真ん中から車が走って、歩行者はいちばん外側というのがルールなのだ。 「ふしぎな感覚だよね。牛の曳く荷車も馬車も自転車も車も人も、ぜんぶ同じ道を通るなんて」  タクシーの後部座席に並んで座り、退屈な風景を眺めながら2時間ほども話していれば、かなり親密な話題にもなる。  家族の話になり、祐樹に兄が三人もいると聞いて、案外押しが強い感じやけっこうおおざっぱなのはそのせいかと納得する。 「男ばっか四人兄弟だから、毎日がサバイバルって感じで殺伐としてたよ。おれは末っ子ですこし年が離れてたから、まだましだったんだけど、上三人のバトルはすごかった。殴り合いなんかしょっちゅうで。上野くんとこは?」 「うちは高1まで一人っ子」 「高1まで? 今は?」 「高1の夏に父親が再婚して、そんとき中2の妹と、再婚相手のお腹に妹か弟がいる状態だった。それで今は高3の義妹と3才の義弟が家にいる。こっち来てまだ帰国してないから、3才がどんな感じか全然わからないけど」  出発当時、義弟はようやくしゃべり始めたくらいだった。  孝弘が出て行ったあと、四人家族として仲よく暮らしているはずだ。

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