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 電話を切ったあと、そんなことを思い出しながら部屋に戻ろうとしたら「あ、上野(シャンイエ)」と下の階の大原由紀(おおはらゆき)が話しかけてきた。  あまりつき合いはないが、日本の大学を休学して1年間の語学留学に来ているということは孝弘も知っている。 「ねえねえ、この前、来てた駐在員の人、もう来ないの?」 「高橋さんのこと?」 「そう、高橋さん」  食堂で食事をしていた時に、隣りのテーブルにいたのですこし会話したのだが、大原は祐樹に興味を持ったらしい。 「べつに用事ないから来ないよ」  孝弘はそっけなく答えた。 「そうなんだ。ねえ、連絡取ってくれない?」  大原は孝弘の返事に怯むことなく、率直に言った。そこそこかわいくて、男子に人気のある大原は頼みを断られるとは思っていない口ぶりだ。  留学生のあいだでこういうことは珍しくないのに、なぜかむっとした。 「どういう意味で?」 「んー、まあ、また会いたいなって言うか、話してみたいって言うか、ねえ?」  大原がちょっと意味ありげに笑って孝弘を見上げる。その笑顔の意味を汲み取れないほど鈍くはないが、仲介を頼まれるのは面倒くさい。 「仕事かなり忙しいみたいだよ。そもそも半年だけ北京に研修に来てるらしいし、そのうち帰国するだろ」 「なんだ、近いうちに帰国しちゃう人なのか」  大原があからさまにがっかりした顔になる。 「じゃ、いいわ。ごめんね、忘れて」  軽く手を振って、大原は足早に寮を出て行く。あわよくばを狙ったんだろうが、じきに帰国と知ってその気はなくなったようだ。  その後ろ姿を見送って、孝弘はじぶんの発言にはっとしていた。  半年後ということは祐樹の帰国は11月頃だろう。それが近いのか遠いのかよくわからない。  そうか、高橋さんとは11月までの期間限定のつき合いなんだ。その後も中国に赴任してくるようだが、いつになるかも、また北京に来るかも知らない。  忙しい駐在員が、帰国後も学生の孝弘と交流を持つとは思えなかった。  この1年間でも、たくさんの留学生と知り合って、帰国でお別れしてきた。  その後も連絡し続けることはほとんどない。本国の住所を教えてもらっても、手紙のやり取りなんて滅多にしない。  まあそんなもんだよな。  そう思ってみたけれど、なんとなく寂しい気持ちはぬぐえなかった。

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