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初夏の北京はさらりと乾燥した空気が心地いいが、湿度がないため夜は意外と冷える。薄手のパーカーを羽織った祐樹は、電球に照らされた屋台を見て懐かしそうに目を細めた。
東安門夜市 は王府井大街 からすぐなので、観光客だけでなく夕涼みの北京っ子も多い。
「日本のお祭りみたいだね」
祐樹が子供みたいな笑顔ではしゃぐせいか、孝弘もつられて笑顔になる。
「生ものはやめておきなよ。慣れてない人は絶対ハラ壊すから。肝炎もやばいし」
「やっぱり屋台ってそんなに危険? どれなら大丈夫?」
「揚げ物とか炒めものとか……火を通したものなら。デザート系はよく注意して」
「具体的には?」
すこし不安げな顔になった祐樹に孝弘はしれっと答えた。
「さそりの唐揚げとかひとでのゆでたのとか、ザリガニの炒め煮とかは大丈夫」
祐樹が目を丸くして孝弘を振り返る。
「冗談だよね?」
「いや、マジで。ほら」
指さした先の露店の店先に本当にさそりもひとでもザリガニも鎮座していた。祐樹はまじまじとそれを見て、おそるおそる訊ねた。
「上野くんは食べたことあるの?」
「もちろん」
孝弘はそう言って微笑むだけであるともないとも言わない。孝弘のすまし顔をじっと覗きこんで、祐樹は手の甲でとんと胸を叩いた。
「嘘でしょ。ないよね?」
「ばれたか」
孝弘はいたずらっぽく笑って祐樹の肩を小突いた。祐樹に見つめられて、どきどきしたのをごまかすように視線を外す。
「でも友達が食べて、ひとでってウニそっくりの味って言ってたよ」
「うーん、でもひとでだしねぇ」
ゆでひとでの屋台を横目に通り過ぎる。ほどなく今度はセミの幼虫の唐揚げが大量に揚げられているのに祐樹がおののいた。
六月から七月までの期間限定の珍味で、栄養価が高いので中国人には人気の一品だ。
「学食でも出るよ」
「中国の学食のメニューは幅広いね」
苦笑交じりに祐樹はそうコメントした。
「ああいうカット果物も包丁やまな板がきれいじゃないから、あんまりお勧めしない。ジュースも氷入りはダメ、どんな水使ってるかわからないから」
祐樹は神妙な顔でうなずいた。
こういう素直なところ、かわいいよな。孝弘のほうが年下だけれど、中国生活が長い孝弘の注意をちゃんと聞いてくれる。
「そっか、火を通してないもんね」
ゆっくり屋台を物色していた祐樹が、孝弘のシャツの袖を引いた。
「あ、あれ焼きそばそっくり」
祐樹が指さした先には、炒麺 の屋台。鉄板の上でじゅうじゅう音をたてている様子は日本の焼きそばとほぼ同じだ。
「炒め物はいいんだっけ?」
「ああ、あれなら平気」
孝弘が許可を出したので、祐樹は屋台に寄って行った。
「要一个 。多少钱 ?(一つください、いくら?)」
語学学習は順調に進んでいるのか、なかなかの発音だ。
孝弘は近くで祐樹の買い物を見守っている。焼きそばを手にした祐樹は、孝弘のなにか企んでいるようないないような微妙な表情に気づいて、すこし警戒する口ぶりで訊ねた。
「なに?」
「いや、俺も買ったことあるよ、それ。食べなよ」
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