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「そうだ、ドリップパックのコーヒーもらったけど、上野くんいる?」 「高橋さんにくれたんじゃないの?」 「うん、でも上野くんのほうが北京生活が長いから、必要度が高いかと思って」 「高橋さん、じつはお茶派ですもんね」  何度かマンションに行くうちに気づいたことだった。祐樹はほうじ茶や麦茶などの香ばしいお茶が好きなのだ。  食後には必ず熱いお茶を飲んでいるし、冷蔵庫には冷やしたものも入れている。北京に来て朝鮮族の店で飲んで以来、玉米茶(コーン茶)もお気に入りだ。 「コーヒーも嫌いじゃないよ。あーでも、花茶(ホアチャー)(ジャスミン茶)はあんまりなんだよね」  北京でもっともポピュラーな花茶は香りが苦手らしい。 「ところで、夜は時間ある? おいしい博多地鶏の鍋セットがあるけど、一人じゃ量が多いんだ。食べに来ない?」  にっこり笑って誘ってくるが、それもたぶん彼のみやげなのだろう。  祐樹の料理が鍋と知っている人なのか。きっと彼も食べたんだろう、祐樹の作るつくね鍋とかキムチ鍋とか水炊きとか。  それとも一緒に料理したり、部屋に泊まりあったりしたんだろうか。そりゃそうだろ、つき合ってたんだから。  でもあなたとはもう寝ませんって言ってたし。ていうか、高橋さんは男としたことあるんだ。当たり前だよな、恋人だったんだし。  普通にセックスすんのかな、男同士で。するんだよな、こんな涼し気な顔してんのに。いや、どんな美男美女でもセックスくらいするだろ。  そんなことを考え始めると、ろくなことをしゃべりかねないとあわてて思考をストップさせる。 「うん、行く」  余計なことは言わず、孝弘はそれだけ返事した。  博多地鶏の鍋セットは文句なしにおいしかった。博多に店を持つ水炊き屋の出しているスープはまろやかな味で、日本のだしってやっぱりおいしいと納得する。  そして、こういうみやげをセレクトしてくるって、好みをよく把握してるってことだよなと再認識させられた。悔しいけれど、博多地鶏は祐樹の好みをよく知っているのだ。 「〆はうどんと雑炊、どっちがいい?」 「米、あるの?」 「いつも通り、日本食堂で買ってきたご飯だけど」  中国ではほとんどの食堂で、店のご飯やおかずの持ち帰りをさせてくれる。すぐ近くの日本料理屋で出すご飯は日本の白米で、炊飯器を持たない祐樹はそうやってご飯を買い置きしている。 「じゃあ、せっかく日本のだしだから雑炊で」  地鶏のスープには麺より合いそうな気がして米を選んだ。 とろりといい感じに白濁した鶏だしに米がぐつぐつ煮えている。とき卵を落としてねぎを散らすと、完璧な雑炊ができあがった。 「これ、誰にもらったの?」  熱々の雑炊を食べながら、つい我慢できずに訊いてしまった。  聞けば胸が苦しくなるのがわかっているのに、どんな相手なのか確かめたい誘惑に勝てない。

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