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「彼女と結婚する前に、気持ちに決着をつけに来たって言ってた」
わざわざ北京まで会いにきたものの、彼の告白はすでに熱のこもったものではなかった。
ただ静かな声と表情で、恋愛対象に見られてないのがわかっていたから言えなかった。セックス込みの友人で満足してたのに、結婚して海外赴任してもう会えないと思ったら、最後にどうしても直接会って気持ちを言いたくなったとあきらめに似た表情で笑っていた。
「なんかそれ見たら、なんていうんだろう。すごく申し訳ないような、取り返しのつかないことをしたような気持ちになって。この十年おれはずっと助けてもらってたのに、傷つけてきたのかもと思ったら苦しくて情けなくて」
何年も一緒にいたのに、気づかなかった。
出会った時から大人っぽい人だったけれど、ずっと甘やかされて居心地よくぬくぬくしていた。
自分の鈍感さを謝りたいと思ったが、そんなことを彼が望んでいないことも知っているから、自己満足だけで謝罪を押しつけるわけにもいかなかった。
「そんなことをぐるぐる考えてたら気持ちが落ち込んで。暑かったから食欲もなくなって、仕事の疲れも出たんだと思う。気が付いたら病院だった」
迷惑かけてごめんね、と頼りない声で謝る。
「そこは来てくれてありがとうだろ」
孝弘が迷惑だったら来ねえよ、と軽く頭をこづいた。背中越しにとくとくとすこし早い心臓の音が手に伝わる。
「そうだね。来てくれてありがとう」
泣きそうな顔のまま、祐樹は素直に言い直した。
「……もしその彼にもっと前に告白されてたら、彼と恋人になれた?」
孝弘の問いにはすぐに首を横に振った。
「こないだから何度も考えたけど、やっぱりそれはなかったと思う。本当に恋愛感情はないんだ。彼が誰とつき合ってもおれは嫉妬しないよ。彼が幸せだといいなと思うだけで」
精神的につらい時期に何度も助けてもらって感謝はしている。
彼女と結婚して幸せに過ごしてほしいと心から思う。
だからそう伝えて、笑顔で別れた。
彼のほうも北京まで会いに来て気が済んだのか、すっきりした顔で帰って行った。
きっと今ごろ正式な辞令が出て、赴任前に日本で式だけは挙げていくと言っていたから、慌ただしく準備している頃だろう。
「これで、おれの話はおしまい。……へんな話、聞いてくれてありがとう」
するりと孝弘の腕のなかから抜け出して、祐樹はキッチンへ行った。
孝弘はテーブルの螺鈿細工を見ながら、いま聞いた話を反芻する。いろいろショックな内容もあったが、安心した部分もあって心のうちは複雑だった。
恋愛感情はないと祐樹が言い切ったことはうれしいけれど、だからと言ってじぶんが彼より好かれているわけではない。
どんな関係か気になっていたから、教えてもらってほっとしたが、そんなに長い付き合いと信頼があったのかと思うと嫉妬心が沸き起こる。
二人が寝ていたと思うと、過去のことだと言い聞かせても感情は波立った。
落ち着かなければ。
爪が食い込みそうなほど手を握って、深呼吸した。
おかしなことを言って祐樹を傷つけないように。
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