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「このバザールいいね。本当に北京と全然、風景が違うね」  孝弘の説明で何枚もの写真を手に取りながら、祐樹は熱心に旅行話を聞いている。  ビールをあおる横顔になぜか目が引き寄せられて、そのまま目線が離せなくなる。缶を置いて、うつむいて写真をめくっている祐樹は気づかない。 「これ、その時ハマった干しぶどう。きのう市場で買ったやつだけど。ビールのあてには合わないかな」  ビニール袋に入ったままのそれを、机のうえにペーパーを敷いて出した。 「へえ、緑色なんだ」 「そう。新疆のぶどうってマスカットみたいなきれいな緑色のやつで、俺、レーズン好きじゃないのに、これ、すごくうまいと思った」 「おいしい。さわやかな感じ」 「うん。北京で買うともう乾燥しちゃって硬いんだけど、現地のバザールで売ってるのは、やわらかくてもっとうまかった」 「また行きたい?」  その質問には思わず苦笑がもれた。 「うーん、行きたい気もするけどもう列車の旅はいいかな。帰りはウルムチから飛行機で北京まで戻ったんだけど、3時間かからずに着いて、なんか俺の1ヶ月は何だったんだってちょっと呆然とした」  ローカル列車と長距離バスの旅は孝弘に強烈な印象を残した。  旅の途中に起きた様々なトラブルに理不尽な対応と横暴な要求。かと思えば、過剰なほどの純粋な好奇心や親切にも遭遇した。  騙されたこともあるし腹が立つこともたくさん起きたけれど、ぶっきらぼうに見えて口をきいたら意外にやさしい庶民の人々の好意や救いの手に助けられた旅でもあった。  何が起きても自分でどうにか解決しなければならず、まだつたない中国語を駆使してたくさんの交渉を経験しながら、何とか旅を続けたのだ。 「ただいま。あ、高橋さん」  ぞぞむが部屋に入ってきた。 「お邪魔してます」 「いえいえ。お、懐かしいな。この親父のアイス、ヤバかったよな」  ぞぞむが孝弘の机に散らばった写真に目をとめて、思い出し笑いする。 「まじでな。五份(ウーフェン)で買える商品なんて、俺はじめて見たよ」 「五份(ウーフェン)? アイスが?」  祐樹が驚いた声を上げた。  十份で一角、十角で一元だ。アイスは3元から20元くらいだが、北京では份の単位はほぼ流通していない。 「あれ、絶対、あの川の水だよな」 「え、食べたの?」  祐樹が驚くと、ぞぞむは笑いながら否定した。 「買う訳ないじゃん、そんな危険な食べ物」 「だよね」  三人で話していると、祐樹もここの学生みたいな気分になってくる。  高橋さんも留学生だったら楽しかったかな。 「ぞぞむくんも帰国しないの?」 「ぞぞむでいいですよ。時間がもったいなくて。せっかく中国にいるから、休みはあちこち回りたい」 「そうなんだ。旅行好き?」 「旅行というか、民芸品というか少数民族の衣裳とか工芸品とかが見たくて。いま見とかないと、もう少数民族の持つ文化や伝統は消えていくと思うから」 「ああ、そういうものが好きなんだね。確かに今後グローバル化が進むと無くなっていくだろうな」   ぞぞむはこの夏、北京からモンゴル共和国に抜ける列車の旅をするという。  孝弘はその誘いを蹴って祐樹の会社のアルバイトを選んだのだと聞いて、祐樹はまじめな顔で「どうもありがとう」と礼を言った。

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