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第24章 駆け引き

 運転手は友人宅に行ってしまって夕食は二人きりだった。孝弘は人目をはばからず祐樹をじっと見つめてきた。  あまりにも落ち着かないので、そんなに見ないでよと茶化すように言ってみたが、孝弘はうなずいたものの優しく微笑むのをやめなかった。  熱っぽく、あまい視線。  ……とても困る。  大人っぽくなった、いや、大人の男の顔をして、そんなふうに見つめられると、祐樹はうまくポーカーフェイスを作れなかった。  5年前にはそれであしらえたのに、もうその手は通用しないと突きつけられた気分だ。  …そうか。孝弘はあの時の祐樹と同じ歳になっているのだ。そりゃ、駆け引きもうまくなるはずだ。  ホテルに戻ったら、今度は孝弘の部屋に誘われた。  天津のときにはなかった展開だ。いや、あの時の部屋はツインだったっけ。 「試供品のワインをもらったから味見してくれませんか?」 「試供品のワインって?」  意外な言葉に思わず聞き返してしまった。 「友人の会社で仕入れるかどうか検討中のワインなんです。俺、あんまりワイン飲まないから正直、味がよくわからないんですよね。日本人としておいしいのかどうか意見もらいたいんです」  そう言われて跳ねのけられずに乗ってしまう自分も、度し難いバカだとは思う。  停電のエレベーターで煽られて、ベッドで触りあったのは4日前のことだ。  反省したはずだ、しっかりしなくては。孝弘の視線に引きずられている場合ではないのだ。  言い訳かもとすこし疑っていたが、部屋に行ったらワインは本当に出てきた。  小ぶりの瓶の新疆ワインが2本。ホテルの部屋にグラスはないので、コップに淹れたワインを受け取って、どうしたものかと自問する。  狭いシングルの部屋でベッドに腰かけてワインを飲んでいる時点でもうアウトだろうか。拒める気がちっともしない。 「キスしていい?」  どうしてこう答えにくいことを、孝弘はわざわざ訊くのだろう。  訊かずにしてくれればいいのにと思って、いやそれは都合よすぎる考えだなと思い直す。とするとこれはひょっとして、孝弘の嫌がらせなんだろうか。  ちいさくため息をついて、強気な姿勢で、と交渉の基本を思い出して呼吸を整えた。 「いいって言うとでも?」  余裕の顔で微笑む孝弘をにらむように見上げる。 「まあ言わなくてもするんだけど」  いうが早いか、唇が触れてさっと離れた。 「でもいいよって言ってくれたらラッキーだと思って」  また触れて、すぐに離れる。  目を細めて祐樹を見つめる。  以前にも見た、獲物を捕らえたときみたいな表情。

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