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「高橋さん、強く押されるのに弱いだろ」  弱腰なのを見抜かれている。  祐樹は反論したくなる。  こんなに弱いのは孝弘相手のとき限定なのだと。ほかの人間相手にこんなにも弱気な対応をすることはないのに。  でもそんなことを言うわけにはいかなかった。ますます孝弘をつけあがらせることになる。  なので、仕方なく黙って目線をそらした。  どこが強気の姿勢だよ、自分の中で声がする。 「仕事では逆に押しが強いのにな」 「人格チャンネルが切り替わるからね、北京語だと」  その返事にふふっと孝弘が笑った。人格チャンネルの話も孝弘から教えてもらった。  人差し指が祐樹の唇をゆっくりなぞっていく。  ぞくりと背筋が粟立った。 「キスだけ、な?」  言いながらもう首筋に唇が降りていた。  ボタンをはずし、シャツをつくろげ、耳のつけ根に、鎖骨の上に、肩の先に。  祐樹はちょっと途方に暮れた。  キスをされたことにではない。  孝弘はいったいどこでこんな手管を覚えてきたのだろう。  離れていた5年間の空白に誰がいて、どんな付き合いをしてきたのか。いや、そもそも一度抱き合っただけで、孝弘のことなど何も理解していなかったのかもしれないとさえ思う。  こんなにも押しが強かったとは。  以前とは明らかに、祐樹に対する態度が違っていた。遠慮がないというか、開き直ったというのか。 「どこでこんなこと、覚えてきたの」  困惑したようにつぶやくと、孝弘が唇を手首につけたまま笑ったのがわかった。そのまま祐樹の手首を捕らえて、上目遣いに目を合わせて指先にキスをする。 「さあ? 妄想の高橋さんとたくさんしたから、かな」  それはずっと好きだったという意味? 「でも現実にだって誰かいるでしょ?」  手を握りこんで指先を取り戻しながら、祐樹が反論する。 「誰かって? 誰もいないよ」  孝弘は祐樹の手ごと握ってワインを飲みほし、コップをサイドテーブルに置いてしまう。 「だけど北京のホテルでデートしてたんじゃないの」  言っていいものか迷ったが、つい口に出してしまっていた。  思っていたよりも心に引っかかっていたのか。恰好悪いな、おれ。 「え?」  まるで思い当たらないらしく、孝弘はきょとんとしている。 「……エレベーターが停電した日に」  言いにくかったがそう口にすると、んん?という顔になった。 「すこし飲みたくなって、ホテルのバーに行ったんだ」  孝弘はちょっと考えたあと、思い出したらしい。 「ああ、あれか。え、ひょっとして誤解させた?」  心なしか嬉しそうな表情になるから、祐樹はあわてて首をふった。 「誤解なんてしてない。デートかなと思っただけ」 「んなわけないだろ。男は恋愛対象じゃないよ、俺」  孝弘はきっぱり言い切った。 「……おれも男なんだけど?」  先ほどからの、なんだか駆け引きめいたやりとりに祐樹は頭がくらくらしていた。

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