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「俺は祐樹がいいって言ったよな。今さらそれかよ」 「…強く押されるのに弱いって言ったのは上野くんでしょう」  冷たいきつい口調で言われ、それに泣きそうな気持ちになりながらも祐樹はどうにか反論を試みた。 「今だけだと思ったから寝たんだ。たまたま二人きりで、酔っててそういう気分だったし、なんかすごい口説いてくるし、思わず乗っちゃっただけで。期待を持たせたなら謝るけど、おれはこういう奴だし、軽蔑してくれていいよ」  これで孝弘が愛想をつかして諦めてくれればいい。  そう思って告げた言葉は祐樹自身も傷つけた。  それでも引くわけにはいかなかった。  孝弘はいい男だと思う。5年前もそうだったが再会した孝弘は、学生だったときよりもずっといい男になっていた。  一緒に仕事をしてみて、その頼もしさに何度もドキドキさせられた。  努力家で包容力があって精神的にもタフで人に優しい。仕事が出来てチャレンジ精神がある。これからどんどん成長して、成功していく姿が目にみえるようだった。  そんな男が、なにも自分とつき合うことはない。  もともと孝弘の恋愛対象は女性なのだ。祐樹のどこを気に入ったのかわからないが、いつか悩んで別れる時が来る。  男同士なんて本気になってはいけない。飽きるまでの期間限定のつき合いだ。  ましてストレートの孝弘は結婚を考えるときがいつか来る。結婚や子供を持つことについて悩む姿を見たくない。  過去の恋愛経験が、祐樹をそういう思考に導く。  遊びならともかく、孝弘が求めているのはそういうつき合いじゃないんだろう。  体だけのつき合いがしたいなら乗ってもよかった。でも孝弘が伝えてくる熱量は祐樹の予想を超えたもので、だから孝弘はだめだった。  いつか来るかもしれない別れを予想しながらつき合えるほど、祐樹はもう無鉄砲じゃないのだ。男同士では将来的には不都合な場面が多々あるだろう。  ストレートの孝弘にとっても、女性とつき合ったほうがいいに決まっている。  本気でそう思うから、祐樹は孝弘を突き放した。そっけなく聞こえる声を意識する。 「ごめんね。セックスだけならいいけど、上野くんとはつき合えない」  孝弘の顔を見ないまま、ベッドを降りて服を着た。  そのあいだ孝弘はじっと祐樹を見つめていたが、何も言わなかった。部屋を出ようとしたところで、ようやく孝弘が口を開いた。 「5年前もそうやって逃げたよな」  びくっと肩が揺れた。  孝弘が過去のことを口にしたのは初めてだ。  ドアの前で、祐樹は振り返らずに息を殺した。 「あの時、ずいぶん考えたよ。なんで最後に言うこときいてくれたんだろうって」 「……酔ってたんだ」 「嘘つき、そんなに酔ってなかっただろ」 「もう忘れた。5年も前の、一夜限りのことなんて」 「そう。それならそれでいいよ。でも今回は俺、諦めないよ。覚悟しといて」  祐樹は黙って、ドアを開けて廊下に出た。

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