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第26章 気分転換
翌朝、気持ちを立て直した祐樹は鉄壁のポーカーフェイスを装着してレストランに向かった。孝弘はすでに席について食事を始めていた。
避けるのも不自然なので今まで通りに同じテーブルにつき、お互いゆうべのことなどなかったかのように、穏やかに挨拶を交わした。
「おはよう、上野くん」
「おはようございます、高橋さん」
控えめな笑みを浮かべた孝弘の表情からは何も読み取れない。
そこに5年間の時間の経過を感じる。
以前の孝弘は、こんなふうに感情を取り繕ったりしなかった。
告白を断った祐樹の前で泣くまいと歯を食いしばって「帰ります」と部屋を出て行った背中を、今も覚えている。
現在の孝弘は、こうして顔を突き合わせても平然と食事ができるのだ。
朝食が終わるころ、運転手がやって来て道路の復旧は昼ごろになりそうだと報告してくれた。
孝弘はそのまま運転手と打合わせをつづけ、祐樹は食後の紅茶を取りに立った。
中国でも最近は多少まともなコーヒーを飲めるようになってきたが、やはり紅茶のほうが安心だ。
こういうバイキングでは祐樹は決してコーヒーを取らなかった。
ふと、初めてのコーヒー体験を思い出す。
孝弘に連れて行かれた王府井の五つ星ホテルのカフェ。驚きの連続だった一日。
今も大切にしまってある思い出だ。
「どうしたの?」
「何が?」
「なんか、笑ってるから」
知らないうちに、思い出し笑いをしていたようだ。
「やらしいことでも考えた?」
「残念ながら。衝撃のコーヒーの思い出がよみがえったとこ」
セクハラ発言を軽くかわして答えると、孝弘が一拍おいて、ああ、とうなずいた。
「北京飯店の激甘コーヒー?」
「そう。体験学習の日々だったな」
半年間の北京研修。孝弘や彼の友人たちとの付き合いのなかで、駐在員が知らない世界をいくつも見せてもらった。
駐在員社会だけでは知ることのできない、素顔の北京をたくさん体験させてくれたのだ。
懐かしい思い出に引き込まれそうになるのを止めて、祐樹はきょうの予定を訊ねた。青木はオフにしていいといったが、夕方までには戻りたいところだ。
運転手が出ていくと、孝弘は祐樹にデートしようと持ちかけてきた。
「デート?」
うろんな顔をする祐樹にしゃあしゃあと孝弘は言う。
「そう。二人で出かける機会なんか、めったにないだろ」
口説きモードは健在らしい。
諦める気はないと宣言されたが、きのうの発言をこんなにもスルーされるとは思っていなかった。
懲りないなとため息をつくべきなのか、ほっとするところなのか。諦めがつかないのは、自分のほうかもしれないと苦い思いをかみしめる。
「ずっとホテルにこもっててもいいけど」とあまく微笑みながら言うので、祐樹も負けじとにっこり笑って返した。
「いや、やっぱり外に行こう。部屋にこもりきりはよくないよ」
観光地などに興味はなかったが、下手に部屋に押しかけられても困るし、それくらいなら外に出たほうがましかと思っただけだ。
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