112 / 157
26-2
チェックアウトをしてロビーで待つと、ほどなく孝弘も降りて来た。
車寄せで待っていたタクシーに乗ると運転手はなにも言わず車を出した。朝食の席で打合わせは済んでいたらしい。孝弘は最初から行き先を決めていたようだ。
車に乗ってすぐにたばこ屋で停めてもらい、中華を3カートン買い求めている。そのあとで酒も買っていた。
手土産持参で観光?
ふしぎに思ったが、孝弘はとくに説明しなかった。
舗装されていない郊外の道路を1時間ばかり走る。
真正面から対向車が来るのももう慣れた。センターラインがないので、適当に走っているのだ。
交通事故死が海外駐在でもっとも多い死因の一つだと納得させられる光景だった。
こうして地方に来ると、あらためて中国は黄色い大地だと思う。地平線までまっすぐに見通せる荒れ地のような広大な大地。乾いていて色彩の乏しい世界だ。
一本しかない道路を牛も馬車も人も自転車も車もなにもかも無秩序に走っているようでいて、それなのに通行には暗黙の了解がある。
日本人にはわからないルール。
暗黙の了解か、とついため息がでた。
中国での取引の難しさにこの暗黙の了解というのか、おおっぴらにならない裏事情というものがある。
それはときに、政治的な問題だったり人間関係やコネにまつわる事柄だったり、金銭的利権的なものだったりするが、総じて言えるのは、それらが表沙汰になることなく噂話として流布し、事情を知らない人間には極めて真実をつかみにくい状態になっているということだった。
社会主義特有の情報統制もあり、本音と建て前社会であるという事情もあり、何より金とコネが優先されるという現代の情勢もあり、とにかく一筋縄ではいかないのだ。
今回の出張はその裏事情に振り回されている状態だ。
プロジェクトの大枠はできているのに、肝心の中国側の肝が据わっていないというか、のらりくらりと躱されている。
候補地の選定から根本的に考え直すことになるだろう。
プロジェクトの責任者は青木なので彼がどう本社から指示をもらうかにもよるが、この進行具合では本社の責任者である緒方部長が、計画の見直しを言い出すのも時間の問題かと思われた。
社内でもまだ一部にしか知らされていないが、今回のプロジェクトは向こう2年はかかる大規模なものだった。
商品をそのまま買い付けて、あるいは既存の工場に注文生産させて日本に輸出するといった今までのやり方ではなく、商品開発から生産、販売まで一貫して自社で行うというもので、初めての企画にスタッフの戸惑いも大きい。
どこの特区を選んだとしても、結局は資材調達と物流の確保がやはりいちばんネックになってくる。
やはり内陸地はだめだな…そうなると必然的に港に近い町ということになる。
車が停まって、祐樹はもの思いから覚めた。
「ここは?」
「ちょっと現場見学しましょう。昨日のところとは比べ物にならない規模ですけど、技術レベルでは引けを取らないと思いますよ」
優秀なコーディネーターの顔で、孝弘がドアを開けて祐樹を促した。
ともだちにシェアしよう!