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一つ一つ、丁寧に見せてもらい、礼を述べて工場を出ようとすると、老板娘 (女店主)から記念に好きなのを持っていってくれといくつかの商品を勧められた。
気前のいい申し出だが、これはどうしたものかと孝弘をうかがうと、孝弘は愛想よくうなずき、祐樹を前に押し出した。
「好きなの、選んでください」
「でもいいの? これってけっこう高いものでしょう」
先ほどの制作過程を見たら気軽にもらえるものではないし、ぞぞむの会社の工場だということで祐樹は遠慮したが、孝弘は首を横にふった。
「だめですよ、中国人の面子を尊重してあげてください。社長の友人が日本からわざわざ来たんですから、精一杯のもてなしをしたいんです」
老板娘のお勧め商品は手土産にしては大きかったが、大きさがある分だけ見応えはあり、繊細な刺繍は見事の一言に尽きた。
しばらく見比べて、金魚の図案のものを祐樹は選んだ。
丸い木枠のはまったガラスに挟まれて、水中で涼し気に金魚がふわりと泳いでいる。うすい青緑の生地に浮かぶ赤い金魚と水草の揺れるさまが本物のようで美しかった。
「いい図案ですよ。ここの職人が描いたオリジナルで、とても人気があるんです」
孝弘が説明してくれる。
中国では魚(yu)の発音が余(yu)と同じで掛け言葉の意味合いから、金魚のデザインがよく使われる。マグカップやらホーローの洗面器などにもよく金魚が描かれているのはそのせいだ。
手際よく箱に詰められて、割れないようにしっかり梱包された状態で車まで運ばれてきた。老板夫婦の満足げな笑みを見て、孝弘の助言が正しかったことを知る。
「ありがとうございます。大事にします」
食事も勧められたが、時間がないことを告げて丁重にお断りして工場を辞した。
帰りの車のなかで、祐樹は問いかけた。
「どうして、あそこに?」
「べつに深い意味があったわけじゃないんです。たまたま近かったというのが大きいけど、昨日行った工場とは違う世界を見せたかったというか……」
孝弘はちょっと首をかしげるようにして、言葉を探した。
「本当のことを言うとですね、実はぞぞむの会社には俺も出資してるんです。といっても最近は俺はこっちの仕事ばかりで、櫻花貿易公司の仕事はぞぞむに任せてる状態なんですけど」
つまり、共同経営者だったのか。
留学生が会社を立ち上げることはそれなりにあるが、こうして工場を構えているならそこそこ成功しているのだろう。会社は中国の工芸品などを扱っているらしい。
「だからここの話は立ち上げのときから関わってました。ぞぞむは腕のいい刺繍職人を集めるのにも苦労してましたよ。あいつ、ああ見えて妥協しないんです。ふだんものぐさでおおざっぱなくせに、扱う商品だけは納得しないとだめで。大量生産の工場で作れるレベルならうちでは扱わないっていつも言ってて」
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