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 中国ではコストが安いからと大量生産の安かろう悪かろうという商品を作る工場も多い。 佐々木はそれでは生き残れないとわかっているのだろう。コストだけでは、ほぼ個人経営といっていい会社は大手に太刀打ちできない。 「それで苦労することも多いけど、ああやって地道に各地に生産拠点を作ったり、信頼できる中国人パートナーを見つけたり、そういうのを見せたかったというか」  うまく言えないんだけど、と孝弘はこまったように笑った。その笑顔に祐樹の胸がきゅっと痛くなることなど思いつかないのだろう。  自分から断っておいて、勝手だなと心のなかで自嘲する。 「といっても、俺も実際、工場まで来たのは初めてですけど。地方だとなかなか来るチャンスがないんで。だからきょうはラッキーでした」  孝弘はすこし表情を改めた。また仕事用の顔に戻って祐樹を向いた。 その顔が好きだ、と祐樹はこっそり見とれた。仕事のときの孝弘は、ストイックな感じがとてもセクシーだ。口が裂けても本人には言えないが。 「今回の出張は難しいことになるって、事前に緒方部長から聞いていました。トラブル対応はそこそこ慣れてますけど、それでも現場にいれば落ち込むことも多いし、腹の立つこともあるし。通訳の俺でも感じるなら、高橋さんはなおさらプレッシャーとかストレスがあるだろうなって思って。ちょっと違う世界を見てみれば、気分転換になるかなと」  大企業が手掛ける大掛かりなプロジェクトとはまた違う中国取引の一面を見せてくれたのだと理解する。 政府の役人や開発区の行政担当者の思惑などのしがらみが一切絡まない、個人経営の企業のしたたかさや老板や職人たちとの信頼関係で成り立っている小さな工場の心意気を感じさせてくれたのだ。  ああ、まただ、と思う。  孝弘はいつも祐樹を別世界に連れ出してくれる。  行き詰った時に、落ち込んだ時に。  さりげないその慰めで祐樹の中国生活をやわらかく救ったことなど、きっと気づいていないだろう。 デートなどと言いながら、じつは祐樹の様子を見ていて気分転換をさせてくれたのだ。  泣きたくなるような気持ちで、祐樹はうつむいて礼をいった。 「うん、なんか、ちょっと意識が変わった。ありがとう」

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