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 安藤と二人になって、祐樹は先ほど疑問に思ったことを訊ねた。 「安藤さん、さっき、念願のおれとの仕事でうんぬんって言ってましたけど、どういう意味ですか?」 「あれ、上野から何も聞いてないの?」 「何もって?」 「あー……、あいつも意地っ張りというかみょうに照れ屋なとこあるから、自分からは言わないか」  安藤はなにか思い出したのか、にやにや笑う。 「あいつ、俺に口利いてくれって頼んできたんだよ、うちの会社の現地通訳をやりたいからって」 「え? 売り込みがあったってことですか?」  つまり今回の出張に孝弘が来たのは、偶然じゃないらしい。 「でも相当大変だったんじゃないか、上野が中国慣れしてるって言ってもまだ若いし、だいぶ中国側に振り回されたみたいだな」 「まあ、はい。でも上野くんは今回、自分から来たんですか?」 「ああ。俺さ、昔、あいつが留学生だったとき、HSK10級が目標だっていうから、取れたらうちの会社で専属にしてやるって言ったことがあったんだよ。それで高橋が帰国したあとの話だけど、あいつほんとに10級取って、わりと長いあいだ北京事務所でアルバイトしてたんだけど、それは聞いてる?」  祐樹は驚いて目を見開く。  自分が帰国したあとも、アルバイトを続けていたとは知らなかったのだ。 「いえ、何も。留学の最後のほうは授業に出るよりも仕事してたってことは聞きましたけど、事務所でアルバイト続けてたことは聞いてませんでした」 「そうか。うん、ほんと色んなとこに顔出して仕事してたよ。上野は度胸があって機転が利くっていうか、中国の習慣になじんでるからこっちも使い勝手がよくてさ。いや悪い意味じゃないぞ」  祐樹はわかります、とうなずいた。 「北京事務所で実はかなりスカウトしたんだ、専属で入らないかって。小趙も上野を気に入ってたし、俺もちょくちょく個人的な仕事頼んだりしてたしな」  個人的な仕事とは、ほかの駐在員にも頼まれていたという親族や友人のアテンドなんかだろう。  どうやら祐樹が知るより、かなり幅広いつき合いがあったようだ。 「でもあいつ、断ったんだ。もう少し、色々経験を積んでみたいって。アルバイトならいいけど、正社員で入るのはやめておきますって」  その理由がおぼろげながらわかる気がして、祐樹は過去の話なのに胸が痛んだ。  たぶん、孝弘は祐樹を避けたのだ。  アルバイトならほかの事務所の社員と接触することはほとんどない。  書類上、名前が載ることもないし、責任を負うこともない。  おそらく孝弘は注意深く避けていたのだろう。  現に、この5年のうち4年近く中国駐在だった自分が、孝弘のことを知らなかった。  いくら北京から遠く離れた南方の勤務だったとしても。  しかし現地採用であっても正社員となれば話は変わってくる。  毎週のテレビ会議でも顔を合わせるし、出張先で会うこともあるだろう。  注:現在のHSK(漢語水平考試)はこの制度ではありません

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