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「気持ちいいね」  風に吹かれながら、今登ってきた道を眺める。 「やっぱり登ると暑いね」 「でも高橋さんて、汗とかかかなさそう」 「そんなわけないでしょ。けっこうかいたよ。でも乾燥してるからすぐ乾くよね」  からっと乾いた北京の空気は軽くて、日本のように汗でべたつくという感じはまったくしない。  笑いかけると、孝弘が手を伸ばして祐樹の腕に触れてきた。どきっとしたが、平然とした顔をよそおった。  どうしたかなと思って見ていると、唐突に「輪ゴム」という。パンが乾燥する話をしながら孝弘の髪に飛んできた葉っぱが絡んだのを見て取ってやる。  祐樹の腕をつかんだ手のひらが温かかった。しっかりした大きな手だった。 王府井で歩道に引き寄せられたことを思い出す。もし抱きしめられたら?  ちょっとだけ想像してみる。案外悪くない感じだった。  祐樹がくだらない想像をしているうちに孝弘はするりと手を放し、リュックからカメラを取り出した。  写真を撮ろうと誘われて、内心けっこう喜んだ。  観光地に来るのに、カメラを持つという発想がなかった。というよりもカメラそのものを中国に持ってきていない。聞けば孝弘の持ってきたのも借りものだという。  ふだんの祐樹なら1,2枚適当に撮って終わりにしたはずの写真を、タイマー機能まで使って2ショットを撮ったのは、最初から半年間の思い出にする予定だったからだ。  欲しかったのは孝弘の写真だ。  なんだ、けっこうおれって乙女チックだったんだな。自分でもびっくりする。 でも孝弘の笑顔を持って帰れるならいいか、と思い直した。きっとこの研修が終わったら縁が切れて、会うこともない。 だから記念写真くらい残ればいい。  カメラのタイマー機能を使ったことがないので知らなかったが、点滅してからシャッターを切るまでが意外と長い。その待ち時間が微妙に長くて、どんな表情を作ればいいのか困ってしまう。  孝弘も初めてのようで、タイマーって結構難しいなとつぶやきながら、置き場所を調整している。 「よし、これで背景は完ぺき」  自分のじゃないというカメラで、孝弘がアングルを考え、リュックのうえでバランスをとってシャッターを押す。  祐樹の待っている位置まで素早く降りてきて横にならんだ。 二人ともすこし緊張しているのがおかしくて、祐樹がくすりと笑う。つられて孝弘も笑ってしまい、そのタイミングでカシャッと音がした。  たぶんいい写真が撮れた。  念のためもう1枚と孝弘がいい、最後にもう1枚撮って撮影を終わる。 「なんかへんに緊張した」 「うん、おれも。タイマーってなんか、恥ずかしいね」  どんな写真になっただろうか。できあがりが楽しみだった。そんなことを思う自分をちょっと不思議に思う。 もしかして、かなり浮かれているのだろうか。

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