136 / 157
30-5
ゆうべ寝付けなかったからか、帰りのタクシーでは孝弘の肩を枕に寝てしまい、起きてから驚いた。とても気持ちよくぐっすり寝てしまっていたのだ。
信頼している、ということなんだろう。
祐樹の恋愛のテンションはわりといつも低めだ。外見から派手な経験があるように見られることも多いが、決してそんなことはない。
相手から押されてつき合うことがほとんどで、告白されてなんとなく付き合っていくうちに、だんだん気持ちがなじんでいくという感じで、そんなにテンション高く好きだという気持ちになって恋愛をしたことがない。
考えてみれば、通訳を頼んだのは半分は仕事だったが、その後の食事にちょっと強引に誘ったのはまったく自分の意志だった。
祐樹にしてはけっこう珍しいことだ。
海外にいるからなのかもしれない。
非日常の出会い、非日常のテンション。
まったく乗り気じゃなかった北京研修も、孝弘と遊んでいれば楽しいかもしれない。
タクシーの外は黄色い大地が流れている。
乾燥した空気、広くて色のうすい空。
となりに座る孝弘の体温がかすかに伝わってくる。
この距離でいよう、と思う。
手を伸ばせば届く距離で、帰国までこっそり楽しもう。
そう決心して、過ごしていたのだ。
写真のなかの自分は、安心した顔をしていた。
同じ写真を祐樹も持っている。寮まで遊びに行ってもらってきたのだ。見ると胸が痛むから、実家においたままだった。
いま手にしたそれは端がすこし傷んでいて、おそらくこの5年間、手元に持ち歩いて何度も眺めたのだろうと察せられた。
どんな気持ちで、孝弘はこの写真を眺めていたのだろう。
いたたまれなくなって、写真のなかのふたりの目線から逃れるように、書類のうえに伏せておいた。
立ちくらみがしてベッドに座ると、ふとあまい記憶がよみがえった。ここで孝弘に熱く口説かれたのはおとといの夜のことだった。
きれいにメイクされたベッドには、そんな痕跡は残っていない。
このベッドの上であんなに熱いセックスをしたのに、孝弘はいまは病院のベッドの上で眠ったままだ。
胸がぎゅうっとつかまれたように痛くなる。
内線が鳴って、祐樹ははっと顔をあげた。
考え事をしている場合じゃない。
「はい」
受話器越しに安藤の声が聞こえて来た。
「高橋、用意できたか? 俺が荷物持って病院行くから、今のうちにホテルですこし寝ておけよ。まだ本調子じゃないんだろ」
安藤の提案に祐樹はちょっと考える。
本当は二十四時間でも自分が付き添いたいところだが、体力的に無理だ。
昨夜のことを思うと、熱が上がる夜に病室につめていたほうがいいかもしれない。あまりに調子が悪いようなら、救急で診てもらうこともできる。
ともだちにシェアしよう!