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孝弘の打明け話を聞きながら、祐樹は心底、後悔していた。
5年前のあの日、あんな形で別れてしまったことを。せめて起こして、顔を見てきちんと別れを告げるべきだったのだと思い知った。
祐樹の自分本位の行動が、こんなにも孝弘を傷つけていたなんて。
だけどあの朝、孝弘を起こすことが祐樹にはどうしてもできなかった。
起きている孝弘の顔を見たら、ポーカーフェイスを保つことはできないとわかっていた。
思いがけず、孝弘に抱かれて心まで揺さぶられた。熱くあまい夜だった。一途に求められて、胸が苦しくてうれしくて、思考もめちゃくちゃにとかされた。
記憶はいずれ祐樹の心の奥底にそっとしまいこまれて、時々取り出しては切なく眺めるだろう。きっと宝物のようなきらきらした思い出になる。
けれど今はまだ生々しく熱すぎて、扱いかねる情動だった。
隣で眠る孝弘の寝顔をひたすら見つめて朝を待った。
眠るのがもったいなくて、あの夜、祐樹は一睡もできなかった。
起こして会話をかわしたら、きっと気持ちがあふれてしまう。せっかく突き放したのに。すべてが無駄になってしまう。
メモひとつ、残すこともできなかった。
何を書いても未練がにじみ出るような気がして、業務連絡のようなそっけない文章を残すのが精一杯だったのだ。
別れる辛さをこらえるのに必死で、残される孝弘の気持ちを思いやる余裕がなかった。
祐樹のあの時の行動が、こんなにも孝弘を傷つけていたとは。
沈んだ表情を見て、孝弘があえて軽く問いかけた。
「ね、健気だと思わない? こんな俺をふるなんてもったいないと思わない? ほんとは祐樹も俺のこと好きだっただろ」
のろのろと顔をあげて、罪悪感で胸に痛みを感じながら孝弘と目を合わせた。
病院で寝顔を見ながら決めたことを思い返す。
すべて話そうと決めたのだ。孝弘の気持ちに応えるにはそれしかないと思った。
孝弘の目をまっすぐ見ながら、口を開く。
「正直に言うけど、本当はすごく好みだったんだ。王府井で初めて見たときから、気になってた。…一目ぼれだったと思う」
孝弘の目が見開かれた。
「嘘だ」
「嘘じゃない、ほんとだよ。好みのど真ん中で、目が離せなかった。通訳を無理やりお願いしたのに軽く引き受けてくれて、すごくうれしかったし、仕事だって忘れるくらい楽しかった」
孝弘は信じられないという表情で、祐樹を見つめている。
「お礼なんていって食事に誘ったのも、もっと話したいと思ったからなんだ」
何度も会って、性格や考え方を知るうちにどんどん魅かれていった。
いいな、と何度も思った。こんな子と恋愛できたら楽しいだろうなと。
それを自覚して、心に決めた。
孝弘はどう見てもストレートだから、絶対に手は出さない。ただの友人としてつきあおうと。
半年間、心のなかだけでこっそり恋愛ごっこをさせてもらおうと。
祐樹はそれだけで満足だったのだ。
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